スーパードライの成功で業界トップへ アサヒビール中興の祖

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

スーパードライの成功で業界トップへ アサヒビール中興の祖

[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)

 NHK連続テレビ小説(通称、朝ドラ)で、実在の人物をモデルやモチーフにした“実録路線”が好調だ。6年前の「ゲゲゲの女房」(漫画家・水木しげるの妻)をきっかけに、「カーネーション」(デザイナーのコシノ3姉妹の母)、「花子とアン」(翻訳家・村岡花子)、「マッサン」(ニッカウヰスキーの竹鶴政孝夫妻)などが続いた。さらに「あさが来た」(実業家・広岡浅子)や、現在放送中の「とと姉ちゃん」(「暮しの手帖」の大橋鎭子(しずこ))も同様だ。いずれも濃密な人生を送った女性の一代記であるだけでなく、その多くが一種の“企業ドラマ”となっている点に特色がある。

 思えば、企業活動ほど波瀾万丈なものはない。発想と実現、知恵と工夫、挑戦と挫折、そして失敗と成功。朝ドラの実録人気の背景には、ふだんは窺い知れない企業の内側と、そこで展開される極めて人間的な喜怒哀楽への興味がある。企業ドラマは熱い人間ドラマでもあるのだ。それは優れた企業小説にも通じている。

“ノンフィクション小説”とも言うべき本書の主人公は樋口廣太郎(ひろたろう)。大正15年に生まれ、平成24年に没した。享年86。樋口は住友銀行で副頭取まで務めた人物であり、後にアサヒビールの社長に就任した。最大の功績はスーパードライのヒットだ。当時、「夕日ビール」などと揶揄されるほど低迷状態にあった会社を業界トップへと押し上げた。「アサヒビール中興の祖」と呼ばれる所以だ。

 物語は、樋口が磯田一郎・住友銀行会長からアサヒの件で呼び出される場面から始まる。読みどころは、新たな戦場に飛び込んだ樋口が、果敢に社内外の人心を掌握していく過程だ。経営とは「顧客の創造」と信じ、時には前例など無視して部下たちのプロジェクトを応援する。また時には厳しい人事を断行する。俯瞰と近接、その複眼の思想が改革を可能にした。企業を支えるのは「ひと」であることを熟知した男の軌跡を描く、逆転の成功譚だ。

新潮社 週刊新潮
2016年6月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク