美しい不死の〈化け物〉を描いた現代ダーク・ファンタジー

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夜に啼く鳥は

『夜に啼く鳥は』

著者
千早 茜 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041037294
発売日
2016/08/31
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

美しい不死の〈化け物〉を描いた現代ダーク・ファンタジー

[レビュアー] 朝宮運河(書評家)

『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』と話題作を相次いで発表している千早茜は、今もっとも目が離せない若手作家の一人だろう。このほど刊行された『夜に啼く鳥は』は、美しくも背徳的なイメージに満ちた現代ダーク・ファンタジーである。

 恋愛小説の名手の新境地? もちろんそう読むこともできるし、デビュー作『魚神』で幻想文学ファンを驚喜させた著者が、久しぶりに自らのルーツに回帰した作品とみることもできよう。どちらにしても、本作が密度の高い文体で織りなされた、野心的なエンターテインメントであることは間違いない。

本書は永遠に死ぬことがない一族〈蟲宿し〉の物語を、六話からなる連作形式で描いている。すべての始まりにあたる第一話「シラ」は次のような話だ。

 昔、ある小さな浜に白い肌に青緑色の瞳、金色の髪をもった赤ん坊が流れ着く。シラと呼ばれたその子は、村人から畏れられ、誰にも相手にされず生きてきた。ある日〈腐らない魚〉の肉を口にしたシラは、不老不死の身体となり、村を捨てて旅に出る。やがて運命的な出会いを果たしたシラだったが、先には悲劇が待ち受けていた。

 作品全体のベースにあるのは、有名な〈八百比丘尼〉の伝説である。人魚の肉を口にした娘が八百年も生き続けた、という伝説は日本各地に伝えられているが、それを宿主の身体に巣くう〈青緑の蟲〉のしわざとしたのは著者の独創。おぼろげな光を放ち、生き物の傷みを貪る蟲という魅惑的な設定が、不老不死テーマに新たなドラマを呼び込んでいる。

 童話のような「シラ」から一転、二話目以降は現代の都会が舞台となる。シラの血筋を受け継いだ一族は、地図に載らない里に集い、いくつもの時代を生き抜いてきた。一族の長・御先は、十代の少女を思わせる外見だが、実年齢は百五十歳ほど。現在は都会のホテルに滞在し、大金とひきかえに、ときの権力者たちの病や怪我を治療している。ある夜、ミサキは神社の境内で、自分と似た匂いを発する男と出会った。四と名乗るその男も一族の末裔だと分かる。クールなミサキと、荒っぽい口調のヨン。同じ記憶を共有している二人の意外な関係が、次第に明らかになってゆく。

 過去にしばられていたミサキが、里を捨てるまでを描いたのが第二話「はばたき」。両性具有に生まれつき、化け物として蔑まれてきたヨンが、ミサキとの出会いに安息を見いだす姿を描いたのが第三話の「梟」。表裏の関係にある両作からは、社会から二重、三重に疎外された〈夜に啼く鳥〉たちの孤独と悲しみがひしひしと伝わってくる。アウトサイダーの側に寄りそった繊細な心理描写は、千早茜作品ならではだ。

 続く「ひとだま」「かみさま」は、ゴシックな設定をうまく使ったエンタメ度の強い作品。夜の神社で生き物の死体を埋葬する少女・鈴子は、青いひとだまを発する〈おねえちゃん〉に出会い、〈あー死にたい〉が口癖の女子高生・なつめは渋谷の雑踏で信じがたい光景を目にする。人間と不死者のつかの間の関わりが、大都会の奇跡として描かれ、鮮やかな印象を残してゆく。

 それまで断片的に描かれてきたミサキの過去が、付き人・雅親の視点からあらためて描かれるのが最終話「躑躅」。二年前、ミサキが里で犯したある罪。雅親がそれを隠したのは、ミサキへの無私の思いからだった。孤独を負った者たちのいびつで狂おしい愛の結末を感動的に描いて、物語はひとつの区切りを迎えるのだ。

 本書を満足とともに読み終えた今、気になるのは今後の展開だ。ミサキとヨンの名コンビは(中村明日美子による美麗なカバーイラストとともに)、私の胸にしっかりと住み着いてしまった。この素敵な不死者たちに再会できる日が、今から待ち遠しい。

KADOKAWA 本の旅人
2016年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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