予告からなんと17年が経過…「京極夏彦」が生み出した一千万部超の人気シリーズ新作がついに刊行

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鵼の碑

『鵼の碑』

著者
京極 夏彦 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065150450
発売日
2023/09/14
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

混沌の現代を照射する十七年ぶりの人気シリーズ最新長編

[レビュアー] 朝宮運河(書評家)

 刊行予告から十七年、「百鬼夜行」シリーズの最新長編『鵼の碑』がついに刊行された。新書版で八三二頁、単行本で一二八〇頁という大作である。

 百鬼夜行シリーズは京極夏彦がデビュー作『姑獲鳥の夏』以来書き継いでいる作品で、今日までの累計発行部数は一千万部超。著者の代表作であるのみならず、現代ミステリーを代表するタイトルといっても過言ではない。

 シリーズの舞台となる時代は昭和二十年代後半。小説家の関口巽ら登場人物たちは、密室からの人間消失(『姑獲鳥の夏』)や連続バラバラ殺人(『魍魎の匣』)など、異常な事件に相次いで遭遇する。入り組んだ事件の真相を指摘し、失われた日常を回復させるのは、古書店主で神主の「京極堂」こと中禅寺秋彦の務めだ。妖怪をはじめとして民俗学・宗教学・心理学などの知識をふんだんに織り込んだ物語世界は、怪奇的なムード、水際立った文章とあいまって、読者を興奮の渦に誘う。

『鵼の碑』は長年待ち続けた甲斐のある力強い作品だ。昭和二十九年、日光のホテルに滞在していた関口は偶然知り合った劇作家から、父を殺したというホテルのメイドについての話を聞く。同じ頃、失踪した薬剤師の足取りを追う探偵や、戦前の死体消失事件の手がかりを探す刑事など、さまざまな立場の人々が日光を目指していた。

 並行して語られる複数のエピソードが章を追うごとに少しずつ繋がって、蛇や虎などさまざまな動物の特徴を繋ぎ合わせて生まれた妖怪・鵼のように、不気味な輪郭を作り上げていく。その鮮やかなストーリーテリングはまさに著者の独壇場。燃える石碑という異様なイメージに導かれて進行する物語は、やがて日光の山奥に封じられた現代史の暗部へと突き当たる。

 本作が扱っている題材は、ある意味極めて現代的なものだ。人々の過剰な期待や盲信を引き起こし、世論を分断させてしまう存在。そこには現代社会の病理ともいえる、陰謀論もついてまわる。数奇な隠蔽と陰謀をめぐるこの小説は、混乱の二〇二〇年代に刊行されたことで、ますます現代性を帯びることになったともいえるだろう。

 おなじみのキャラクターが勢揃いするなど、十七年ぶりの刊行にふさわしい祝祭的な側面もあるが、独立したミステリーとしても完成度は高い。とりわけ寂寥感に満ちた幕切れには、しみじみ胸を打たれた。多くの読者を魅了してきた京極マジックは、いまだ健在である。

新潮社 週刊新潮
2023年10月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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