『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
“鬼平”の志が宿る人足寄場とは?
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵といえば、池波正太郎の『鬼平犯科帳』(文春文庫)で、誰知らぬ人とていない時代小説のヒーローとなった。
長谷川平蔵は、実在の人物であるから誰がどう書いてもいいわけで、池波正太郎の死後、鬼平を主人公とした作品は跡を絶たない。
だが、そうした作品の中には思わず眉をひそめたくなるようなものも多い。
そんな中、刊行されたのが、千野隆司の『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬(あこがれ)』である。
千野隆司は、一九九〇年、「夜の道行」(双葉文庫『浜町河岸夕暮れ』所収)で小説推理新人賞を受賞。その折から既に完成した文体とプロットを持っていた。千野隆司の鬼平なら読んでみたい。
そんな思いに駆られてページをひらくと、やはり期待通りの傑作だった。
物語は、長谷川平蔵を伯父に持つ主人公・阿比留平之助が、平蔵のつくった無宿人の更生施設・人足寄場に、北町奉行所の定掛与力として赴任してくることで幕があく。
まず、物語の舞台を鬼平の盗賊捕縛ではなく、人足寄場にしぼったことが作者の手柄であろう。今日までこれほど詳細に人足寄場と物語が互いに機能し合っている作品はなかったといっていいのではあるまいか。
面倒なことは一切したくない、事なかれ主義の寄場奉行の村田鉄太郎や寄場掛同心の岡沼喜兵衛らの中にあって、平之助は、平蔵のいった「成さねばならぬという強い気持ちさえ失わなければ、曲折はあっても事は必ずかなうものだ」との言葉を守ろうとする。
一方、そんな人足寄場にも悪の手は迫り、何も知らずに盗賊・鬼洗いの鉦七の船頭に雇われてしまった癸助と、彼の妹トミにも危機が迫る―。
平之助の無宿人たちへの情とサスペンスが交錯する中、ラストへ向けて物語はいやが上にも盛り上がる。
そして長谷川平蔵はといえば、いまや誰が見ても分かるほど死期が迫っている。平蔵の遺志を継ぐことになるであろう平之助の活躍、二巻以降が待ち遠しくてならない。