作風が違うからこそ嫉妬せずにいられる――〈刊行記念対談〉長岡弘樹『白衣の嘘』×柚月裕子

対談・鼎談

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白衣の嘘

『白衣の嘘』

著者
長岡 弘樹 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041037317
発売日
2016/09/29
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

刊行記念対談 長岡弘樹『白衣の嘘』×柚月裕子

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長岡弘樹さんと柚月裕子さんは、
ともに山形在住で同世代。
ともに日本推理作家協会賞受賞者であり、
ミステリーの分野で活躍しながらも、
作風は大きく異なっています。
しかし、長岡さんの新刊『白衣の嘘』は、
両者の“接近”を感じさせるものでした。

作風が違うからこそ
嫉妬せずにいられる

――今日が初対談とのことですが、意外な感じがします。

柚月 こういった形でふたりだけで話す、というのは初めてですね。

長岡 これまでに、山形新聞と「街角」で、二回ほどお話ししています。

――山形新聞の時は、柚月さんが聞き手となったインタビューでした。

柚月 「やまがた街角」という山形のタウン誌があるんですよね。私たちの他に高橋義夫さんや佐藤賢一さん、深町秋生さんなど山形在住の作家が集まった座談会で、お話しさせていただく機会がありました。

長岡 初めてお会いしたのは、池上冬樹さんが山形で主催している「小説家になろう講座」(現在は「山形小説家(ライター)講座」)ですよね。

柚月 二〇〇五年の夏だったと思います。私はデビューもしていない受講生で、長岡さんが講師としていらしてくださった。実は、すごく古い間柄なんです。

――同郷ゆえの同志感はありますか?

長岡 あります。「柚月さんに置いていかれないようにしなきゃ」って必死です(笑)。

柚月 私も、文芸誌の目次を見て、あれだけ忙しい長岡さんが原稿を落としてないんだから、私も落とせないなとか(笑)。

長岡 作風が大きく違うので、ライバルとか商売敵みたいな感じはないんですよね。僕が扱わない題材だとか、書けない世界を書いていらっしゃるので。

柚月 私も同じです。「私も書けたかも」とか「その題材で考えてたのに」という感覚があると、「先を越された」ってバチバチしちゃうのかも。

長岡 『検事の本懐』を読んだ時はちょっとありましたけどね、その感覚。

柚月 ありましたか? 意外です。

長岡 日常生活で起こりうる事件という点で、「いいネタを使ってるな」と思うところがありました。ただ、『孤狼の血』になると、落ち着いた気持ちで読みましたね。「ああ、自分には到底書けない世界だな」と。僕が暴力団を書いても、ギャグにしかなりません。

柚月 長岡さん、優しいから(笑)。私は自分の中に、男っぽい部分があるんですよ。

長岡 そういえば、柚月さんのデビュー作である『臨床真理』の書評を当時、山形新聞に書いたんですが、「男性的な力強い筆致に驚嘆した」と書いた気がします。

柚月 あの時は心強い応援をありがとうございました。

長岡 何が言いたいかというと、柚月さんが大成するっていうことを最初に見越したのは、他ならぬ私なんですよ。

一同 (笑)

長岡 それが自慢で自慢で。今日は絶対、自慢してやろうと思ってやって来ました。ひと仕事終えた気分です。

――ここからが本題です!(笑)

人を傷付ける話ではなく
人を救う話を書きたい

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――長岡さんの最新刊『白衣の嘘』は、医療をテーマにしたミステリー短編集です。柚月さんは本作を、どう楽しまれましたか?

柚月 長岡作品の魅力は、隅々にまで意識が行き渡った構築美です。読み始めた時は全体像が見えませんから、「どこへ連れていかれるんだろう?」と思うんですよね。でもラストまで辿り着くと、「ああ、緻密な設計図があったんだ」と。ものすごく驚かされた後で、深い感銘の溜め息をついてしまうんです。デビュー作の『陽だまりの偽り』の頃からそうでしたし、『傍聞き』でその構築美が更に大きな建物になって、今回の『白衣の嘘』に関しては、その構築美の中で人がしっかりと息づいているという印象を受けました。本当にすごい作品をお書きになったな、と思います。

長岡 ありがとうございます。

柚月 長編六作が一冊の中にぎゅっと詰まっている感じがするんですよね。こんなに贅沢な本ってちょっとないと思います。実は、今回の作品を読んで改めて感じたことがありました。お互い広義のミステリーを書いているものの、作品を生み出す時の「ここから始めよう」という出発点が、長岡さんと私とでは微妙に違うのではないかな、と。

長岡 違う気がしますね。『白衣の嘘』に限らず、僕が書くものの出発点は全部おんなじなんです。主には本を読んだり、たまに人から聞いたりテレビで見たりしたなかで、「あっ、これ面白いな」って感じる一行情報なんですね。それを膨らませて作品の中核にして、それを最後で明かす段取りを、さかのぼって冒頭から考える。今回で言えば「最後の良薬」という作品は、「名医とは何か?」ってことが書いてある本を読んだんですよ。その中で、「名医は患者を診ながら必ず何か一つ自分のことを話す」と書いてあったんです。

柚月 その言葉、作品の中にも出てきましたよね。とても印象に残りました。

長岡 例えば火傷をして駆け込んできた患者さんがいたら、薬を塗りながら自分の腕をまくって見せて、「ほら、私も昔こんな火傷したんですよ」って具合に、自分の傷を見せてあげる。その言葉が患者にとって、良薬になるんです。その「火傷」を「犯罪」に置き換えて膨らませてみる、という発想で書いたのが「最後の良薬」でした。

柚月 長岡先生のすごいところは、そこですよね。さも簡単そうにおっしゃるけれども、「これは面白い」と思った一行からひとつのストーリーを作り上げることって、なかなかできないと思います。

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――そもそも、医療を題材にしようとしたきっかけとは?

長岡 さきほどの話とも繋がるんですが、医療の世界には小説のネタになる「一行」がいっぱいありそうだなと思ったからなんです。いつかこの題材と向き合ってみたいなと、以前から狙っていました。

柚月 私が知る限り、長岡さんがここまで生と死を描いた作品って、今までなかったような気がするんです。医療を題材にしたことが影響しているのかな、と。

長岡 今まではミステリーなのに、人が死ぬ場面すらほとんどなかったわけですからね。殺人事件も、できるだけ扱わないようにしてきたんですよ。作家になった時思ったのは、今までの推理小説の王道は、人を殺してその後でいかに逃げるかというアイデアで勝負していた。自分はそれを逆手に取って、どうやって人を助けるかのアイデアで勝負すればいいんじゃないかなって思ったんです。

柚月 長岡さんらしい、優しい発想です。

長岡 今回は医療モノということもあって、必然的に死を描くことになりましたが、人を傷付けるのではなく、人を救う話を書こうという気持ちは、これまで通りでした。

柚月 おっしゃる通り、重たい題材を扱っていたりもしますが、読後感はすごくあたたかいですよね。私も、ハッピーエンドかアンハッピーエンドかは別として、読者の方が最後の一ページを読んだ時に、「ああ、この本を読んで良かった」と思いながらパタンと本を閉じる、そこを目指して一行一行を書いています。『孤狼の血』みたいなハードな作品でもそこは同じですね。

初挑戦した書き方は
「動機から始める」

長岡 柚月さんは、どういった出発点からストーリーを発想されていますか?

柚月 もしかしたら、長岡さんとは逆方向からスタートしているのかもしれません。長岡さんはキーになる情報から、動機を探していく。私は逆に、動機からスタートして、それをどうやってミステリーにしようかと考えていくんです。

長岡 そうなんだろうな、とは予想していました。僕も柚月さんのような考え方ができればいいんですが、なかなかできない。

柚月 でも、『白衣の嘘』を読んだ時に、今までの作品と、書き方が少し変わったんじゃないかなと感じたんです。

――柚月さんはさきほど、これまで以上に「作品の中で人がしっかりと息づいている」とおっしゃっていましたね。

柚月 全六編の中で特に好きだったのが、最後に収録されている「小さな約束」でした。臓器移植にまつわる医師と患者の話ですが、ある人物が取った行動の「なぜ?」が明らかになった時、胸が苦しくなりました。失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、これまで私が読んできた長岡さんの作品群からは、そういった胸が詰まるという感覚はなかったような気がするんですね。

長岡 おっしゃる通りだと思います。「小さな約束」は、柚月さん型の書き方というか、動機の部分、事件の裏側にある理由を探るところからスタートしたんですよ。

柚月 なぜそのような書き方をしてみようと思われたんでしょうか?

長岡 質のいい「一行」の情報って、そう簡単に手に入るものではないんです。ネタもないし締め切りも迫っているし、どうしようかなと悩んだ末に、ひねり出した書き方でした。

柚月 結果、大成功でしたよね。「小さな約束」がもうひとつ新しいなと思った点は、女性がすごく優しく描かれていると感じたところなんです。男女の情の交わり方が、これまでにないくらい深いな、と。

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長岡 確かに今までは同性の話ばっかりで、男女の話を書くこと自体が少なかった。そこは、自分が結婚したということも影響しているのかもしれない。自然とにじみ出てくるものがあったのでしょうか。

柚月 『白衣の嘘』は今までの長岡作品にはない要素がたくさん詰まっていますが、ご自身の状況の変化も大きかったんですね。長岡文学がどんどん変わってきている、その事実を目の当たりにして、正直「してやられた!」とも思いましたが(笑)、「よし、私も頑張ろう」と思えました。

長岡 柚月さんにそこまでおっしゃっていただけたら、『白衣の嘘2』も書けそうです。

柚月 その言葉で担当さんが嬉しさのあまり、お茶をこぼしましたよ(笑)。やっぱり長岡さんは、人を驚かせる才能をお持ちです!


長岡弘樹(ながおか・ひろき)
1969年山形県生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒業。2003年、「真夏の車輪」で小説推理新人賞を受賞し、05年、短編集『陽だまりの偽り』でデビュー。08年、「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。13年刊行の『教場』は「週刊文春ミステリーベスト10」の1位に輝きベストセラーとなった。その他の著書に『教場2』『赤い刻印』などがある。

柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)
1968年岩手県生まれ。2008年、『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年、『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞を受賞。15年に刊行された『孤狼の血』は、第69回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞した他、第154回直木賞にもノミネートされる。退官した老刑事が未解決事件の真相を追う最新刊『慈雨』は10月刊行予定。

構成・文|吉田大助  撮影|吉次史成

KADOKAWA 本の旅人
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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