『裏関ヶ原』
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武将たちそれぞれの「関ヶ原」 気鋭の巧者による短篇集
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
昨年秋、傑作長篇『賤ヶ岳の鬼』を刊行した吉川永青が、今度は矢継早に短篇集を上梓した。それが本書『裏関ヶ原』で、こちらも出来は上々。もちろん、作品のキーワードとなるのは、題名にある“裏”で、さまざまな立場や場所から天下分け目の合戦に関わった武将たちの姿が描かれている。
巻頭の「幻の都」は、家康でも三成でもなく若き日の秀吉の夢を受け継ぐのだ、という黒田如水が、あと少しで九州を平らげ、独立せんとした時に予想に反して関ヶ原の戦いが一日で終わってしまうという皮肉な史実に取材した物語。
続く「義理義理右京」は、石田三成のおかげで、忍(おし)城を水攻めで落とした佐竹義宣(よしのぶ)が、七将に追いつめられた三成を家康の城で匿ってもらうという有名な挿話の主役として登場。関ヶ原以降、さしもの家康も、この義理ばかりをふりかざす義宣をもて余し、彼の命が首の皮一枚でつながるまでが描かれている。
「細き川とて流れ途絶えず」は、「幻の都」同様、関ヶ原の地方戦として有名な田辺城の戦いを描いた作品。“腰巾着の歌詠み”細川幽斎が〈古今伝授〉を武器に、見事、生き延びるさまを描いている。
「背いてこその誠なれ」は、贅言を要するまでもない、真田一族の有名な挿話を扱ったもの。自らを日本で作られた加留多の「化け札」といって憚らない昌幸が、信幸に向って、人を信じるとはどういうことか教えたはずだ、という場面が印象に残る。
この他に〈奥羽の虎将〉、すなわち〈狐〉、人を化かす男と呼ばれた最上義光(よしあき)の慚愧をとらえた「謀将の義」や、織田信長の孫・秀信と三成との交誼を描いた「鷹の目」の計六篇。
いずれも作品のテーマは武将の謀略と老い―その意味で最後の一篇などは実に坐りが良く、それも達意の文体と優れた人間観照の賜物であろうと思われる。