宮部みゆき×佐々木譲 対談「キングはホラーの帝王(キング)」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

対談・鼎談

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宮部みゆき×佐々木譲 対談「キングはホラーの帝王(キング)」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

 キングの世界

宮部 今度、佐々木さんが大変キングがお好きだと伺ったときに、やっぱりと納得するところと、えっと意外に思ったところがありました。佐々木さんがお書きになる世界とキングが好んで書く世界があまりに対照的なもんですから。キングは現実的な因果律や歴史の流れからぜんぜん離れたところで仕事をする作家ですよね。その辺が、日本の政治と歴史を大きな舞台としてお仕事をなさる佐々木さんの作品と方向性が、まったく違うように思ったのです。ですから逆に、気分転換になって、キングの世界に惹かれるのかなとちょっと思ったものですから。

佐々木 気分転換なんて生易しいものじゃない。ぼくは、『IT』を濃厚に意識した作品も書いているんですよ。朝日新聞に連載していた『勇士は還らず』。仲間の一人が殺されたことで、かつての仲間が連絡をとりあって一堂に会するという。

宮部 そう言われてみればそうですね。

佐々木 誰もその点を指摘してくれた人はいない。ぼくの作品は、たしかに冒険や現代史を素材にしているので、キングの影響をほとんど受けていないようにみえるかもしれないけど、こんなにキングが好きなんですよ、というところを小出しにしているんですけどね(笑)。

宮部 今、伺っていてよくわかったんですけど、キングはオーソドックスなストーリー・テラーですよね。描いている世界は現実から遊離していますけれども、『IT』は、ある意味で『七人の侍』、いや『荒野の七人』かな。仲間を集めて一つの困難を乗り切って、また離れ離れになってゆく。あれはエンターティンメントの黄金のパターンだと思うのです。『デッド・ゾーン』も、周囲から受け入れられない異能者の悲劇のヒーローが―つのことを果たして去っていく。ツボを絶対にはずさない人ですね。

佐々木 ジャンルから脱線しない人だと思うな。セオリーからけっして逸脱しない。ホラーというジャンルがつくりあげてきた一つの世界にぴたっと収まる。そのうまさにはいつも舌を巻いてしまう。

宮部 けっして美文の人ではないけど、読んだ人の頭の中に生々しくイメージを喚起する文章を書く人ですね。彼の描写力のすごさにいちばん影響されてると思うんです。

佐々木 ほんとうに必要だったんだろうかと思うエピソードも結構あるんだけれども、読んでいる間は、そんなことが気にならないぐらいおもしろい。

 キングの企み

宮部 今回の二作は、スティーヴン・キング名義で『デスペレーション』、リチャード・バックマン名義で『レギュレイターズ』と、それぞれ違った作家が書いたような体裁をとっていますね。

佐々木 しかも、登場人物がほとんど重なり、姉妹編になっている。

宮部 登場人物は名前は一緒だけど、年齢や役割が変わっている。「タック」という魔物は共通ですけど……。『デスペレーション』を読みはじめたとき、キングがサイコものを書きはじめたと思ったんです。
佐々木 ぼくもそう思った。『ローズ・マダー』を読んだときも。それと、『トミーノッカーズ』を読んだときに感じたんですけど、キング自身が、自分の書いているものはホラーというよりはポップカルチャーなんだと意識しはじめたんじゃないか。今度、『レギュレイターズ』を読んでみて、なおその感を深くした。ポップカルチャーを再検証してやろうという気持のほうが強いのではないかと。

宮部 ですから、アメリカ人にはすごくよくわかるかもしれないけど、わたしには、いまいちわからないところがあった。『デスペレーション』は、一人の警官が街の人間をぜんぶ殺して、次はハイウェイを通る人間を片っ端から殺しにかかる。『ローズ・マダー』のマッドな警官の続きかなと、最初思ったんですけど、読み進めていくうちに違うことがわかって、一安心しました。

佐々木 安心したんですか(笑)。ぼくはその期待で読んだんですよ。『ローズ・マダー』に出てきた奥さんを追い回す警官が、とうとうここまでキレて、犯罪のスケールが何百倍にも規模が大きくなってしまったという、そういう話なのかと……。

宮部 中国人が生き埋めになったという伝説のあるチャイナピットから出現した「タック」という魔物に取りつかれて、生きながらグズグズになっていくまでがいちばん怖かった。

佐々木 そうですね。初期の中編で「霧」という作品がありましたよね。そのバリエーションのような気がした。いきなり判断できないような異常事態が起こって、孤立した人たちがなんとかそれを解釈して、事態からの脱出を図る。『ランゴリアーズ』もそうだったけど、キングはそういう作品を手を変え品を変えて書いている。

宮部 出版形式も、いろいろ変化をつけていますね。たとえば、『グリーン・マイル』みたいに。アメリカでは連載という形式がないだけに、新鮮に映ったでしょうね。

佐々木 『グリーン・マイル』の序文で述べられていましたけど、ディケンズが、このような形式で作品を出版したらしいですね。それと誤解する人はいないだろうと思いますが、『デスペレーション』と『レギュレイターズ』は同一の作家の手になる作品であることを、ぜったいに誤解されないように、わざわざ姉妹編としてある。

宮部 バックマンがキングであることを見抜いたのは、一人のファンだったということをどこかで読んだ記憶があります。税金かアドヴァンスの支払先から二人が同一人物であることを突き止めたというような話でした。『レギュレイターズ』は、バックマンの遺作ということになっていますね。

佐々木 バックマンを自ら葬る手続きだったんでしょうか。

新潮社 波
1998年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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