【文庫双六】昭和51年、2つの「宣言」があった…――北上次郎

レビュー

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捜神鬼

『捜神鬼』

著者
西村, 寿行, 1930-2007
出版社
小学館
ISBN
9784094085259
価格
565円(税込)

書籍情報:openBD

【文庫双六】昭和51年、2つの「宣言」があった…――北上次郎

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

 小泉喜美子に『暗いクラブで逢おう』という作品集がある。そのあとがきで作者は「洒落たミステリーを書きたい」と書いた。これを「都会派ミステリー宣言」という。その年(昭和51年)に西村寿行は『化石の荒野』という長編を刊行し、そのあとがきに(この作者があとがきを書くのは大変に珍しい)「これからは冒険小説を書く」と書いた。これを「冒険小説宣言」という。

 つまり昭和51(1976)年は、日本ミステリーが旧来の殻をぶち破り、さまざまな愉しみを追求し出した年なのである。それを「昭和51年節目説」という。船戸与一、志水辰夫、北方謙三、逢坂剛、大沢在昌らが登場し、「黄金の80年代」が始まるのはそれからしばらくしてからである。昭和51年の二つの宣言は、その意味でも忘れ難い。

 西村寿行は動物小説の名手で、ここでは作品集『捜神鬼』をあげておくが、他にも『咆哮は消えた』、長編『風は悽愴』、『老人と狩りをしない猟犬物語』と傑作ばかり。その完成度は素晴らしい。ちなみに寿行の動物小説はこの4冊だ。2010年に「昭和エンターテインメント叢書」と題して、小学館文庫から5作を復刊したことがある。獅子文六『大番』、藤原審爾『昭和水滸伝』、大佛次郎『ごろつき船』、角田喜久雄『半九郎闇日記』、そして西村寿行『捜神鬼』の5作である。この叢書について一つだけ後悔していることがあるので、今回はそのことを書いておきたい。寿行の巻は「西村寿行全動物小説集」と題して、前記の4作をすべて収録すればよかったと思うのである。

 そのとき復刊した『昭和水滸伝』や『大番』などは上下巻で1200ページから1500ページを超えている。それと同じページ数をもらえるなら、西村寿行の動物小説4冊分をすべて収録するのは可能だったろう。そうすべきであった。わが人生に悔いは多いけれど、これはその中でも最大のひとつだ。

新潮社 週刊新潮
2017年3月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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