住野よる×彩瀬まる・対談 私たちの「書く仕事」〈『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念〉

対談・鼎談

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か「」く「」し「」ご「」と「

『か「」く「」し「」ご「」と「』

著者
住野, よる
出版社
新潮社
ISBN
9784103508311
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

〈住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念対談〉住野よる×彩瀬まる/私たちの「書く仕事」

彩瀬さんと住野さんの“本体”
彩瀬さんと住野さんの“本体”

住野 僕が初めて拝読した彩瀬さんの本は『やがて海へと届く』なんですが、あの小説が本当に好きで、今日はお話できて嬉しいです。読み終えてすぐ、彩瀬さんと共通の担当さんに長文の感想メールを送りつけてしまったんですが、心の機微の描き方がすごかったです。失礼な話で申し訳ないんですが、「この方はこんなに人の心の機微が見えて、ちゃんと生きてらっしゃるんですか」と書いてしまいました。優しすぎて、大丈夫なのかなとつい心配になってしまって。

彩瀬 いえ、ありがとうございます。こちらこそ嬉しいです。

住野 震災に限らず何か凄惨なことが起きたあとって、例えば募金とかボランティアとか、できることはあるけれど、一方で、心の中にはどうにもできない気持ちが残ったりします。そういうとき、彩瀬さんの本を開くと、隣に彩瀬さんが座って、手を重ねて「大丈夫だよ、みんな傷ついてるから」って言ってくださってる気がして、そこがすごく好きなんです。

彩瀬 住野さんのお話を伺って思ったのですが、手探りで書いたのが、かえってよかったような気がします。本が出たのは震災の五年後ですが、あの物語で描いているのは、三年後くらいの世界。三年経つと、そろそろ消化しなきゃいけないっていう感覚もあるし、同時に、忘れてはいけないという思いもある。二律背反というか、どちらに耳を傾けすぎても引き裂かれるような感じがありました。だけど書きながら、「忘れない」が正しい部分もあるし、一方で、生きていくために忘れるべきこともあって、その二つは全く対極のものではないんだ、という思想みたいなものが固まっていきました。

住野 あと、文芸性とエンタメ性、どちらもあるのがすごいです。僕はデビュー前から勝手に、エンタメ路線の作家さんと、文芸路線の作家さんとは、完全に二分されていると思っていて……作品の中身が違うというよりは、目指しているものが違うのではと思っていたんです。でも、彩瀬さんの作品は、その両方がある。僕の考えるエンタメ性は、端的に言うと、普段本を読まない子達が楽しめるかどうか、ということなんですけど、あの作品にはすごくそれを感じましたし、それでいて本好きというか、普段から文芸に触れている方たちもねじ伏せるパワーがある。すごい作品だと思いました。

彩瀬 自分ではそう思ったことはないので、ちょっと不思議なのですが、まさに今、そうした普段あまり本を手にとらない方に対して最も発信力がある住野さんにそう言ってもらえると、将来に希望が持てそうな気がします。そういう方たちに作品を届けるために、大事にされていることってあるんですか。

住野 僕なりにいくつか思っていることがあるんですが、一つは、多くの人が想像しやすいテーマであることですかね。

彩瀬 ははあ。なるほど!

住野 あとは、あくまで個人的な考えですけど、決め台詞というか、決定的な力を持つ一文があるかどうかが、面白さにつながる気がします。彩瀬さんの御本は、読んでいてぐっとくる一文がちりばめられていますよね。昨夜、新刊(『眠れない夜は体を脱いで』)を読ませていただいたんですが、「あざが薄れるころ」という短編の「わたしを変な子のままでいさせてくれてありがとう」という一文で号泣しそうになって、一旦本を閉じて部屋の中を一人でウロウロしました(笑)。

彩瀬 ありがとうございます。私はこれまで結構、自分が書きたいものに振り回されて書いてきたので、そこまで気を配れている自覚はなくて。だから、ちゃんと届くと言っていただけて嬉しいです。住野さんの作品は、今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』もそうですが、わかりやすさにすごく心を砕かれていますよね。書くときに、他の作家さんが見てないものを見ているんじゃないかと思って、その仕組みがすごく気になります。

住野 うーん、仕組み……。いや、なんでしょう。前提として、本は娯楽以外の何物でもないと思っています。別に読みたくなければ読まなくてもいいし、娯楽作品なんだから、競争相手はスマホやゲームや漫画だと思っています。

 だからかどうか、書くときに、テーマが出発点だったことが僕はたぶんないです。こういうキャラがいたら面白いなとか、こういう設定だったら面白いかな、とか……。『君の膵臓をたべたい』は、タイトルからです。すごいドヤ顔な感じで、「みんな、絶対ビビるだろう」と思って(笑)。もし何かあるとしたら、そういう部分かもしれないです。

彩瀬 書くことへの冷静さがありますよね。私は逆に、テーマから作ることが多いです。そうすると、それに合う形で人物を配置していくことになる。ただ、その配置の仕方を誤ると、はじめに設定した結論を是とするためだけに書いたような、すごく怪しげな小説になってしまうんです。だから、テーマを決めたら、作品の中でそのテーマや問題提起を戦わせていくようにしています。『やがて~』だったら、真奈と遠野くんという、全く違う思想のふたりを設定して、あとは作中で意見を交わさせていく。そうすることで、なるべく私がはじめに想定したものではない結論までいってほしいと思っています。それで最終的に良い結果が出ることももちろんあるんですけど、書いている間はなかなか制御ができなくて、独りよがりになっていないか、あまり目配りがきかない。住野さんはおそらく、テーマから出発されていないから、安定して目配りができているんですね。

新潮社 波
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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