文士の遺言 半藤一利 著

レビュー

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文士の遺言 半藤一利 著

[レビュアー] 勝又浩

◆文学への覚悟をくむ

 ことばには格別厳しかった阿川弘之がこの著者の話す東京下町ことばを聞いて「半藤君の言葉づかいを聞いていると気持いいよ」と褒めたと、本書にある。ここを読んで私は思わず、そういうことだなと合点した。その下町ことばの歯切れのよさ、気風(きっぷ)のよさが、言うならば半藤一利の仕事の全て、とりわけ昭和史に関する仕事に共通した持ち味に違いない。

 もう一つ、本書の冒頭には大学でボート部に属したエピソードが出てくるが、そのことも著者の仕事ぶりに関わっているかもしれない。ボート部出の作家に志賀直哉がいるが、仕事の領域は全く違いながら、その仕事を支え、推し出している背景の部分で、あの青い空の下、広い川の水を掻(か)き分けて進むボートのイメージが共通しているように思う。

 本書は冒頭に登場する高見順をはじめ前記の阿川、坂口安吾、松本清張、司馬遼太郎等々、著者が編集者として接してきた作家たち、また交渉は無かったが長年読み込んできた森鴎外や永井荷風などを中心にした批評、回想を集めている。

 第四章を「亡き人たちからの伝言」としているが、著者が読み取り、受け取った先人たちの生と文学への覚悟ぶりである。書名の由来でもあるが、積み重なった短文を集めてみると自(おの)ずからこういうテーマになるところも、やはりいかにも歯切れのよい人の仕事らしいのである。

(講談社・1728円)

<はんどう・かずとし> 1930年生まれ。作家。著書『昭和史 戦後篇』など。

◆もう1冊

 ドナルド・キーン著『思い出の作家たち』(松宮史朗訳・新潮社)。谷崎、川端、三島らとの出会いとその文学を活写。

中日新聞 東京新聞
2017年4月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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