速水健朗は 『世界恐竜発見史-恐竜像の変遷そして最前線』を読み 恐竜に羽毛が生えるまでの軌跡を追う

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速水健朗は 『世界恐竜発見史-恐竜像の変遷そして最前線』を読み 恐竜に羽毛が生えるまでの軌跡を追う

[レビュアー] 速水健朗(コラムニスト)

速水健朗
速水健朗

 恐竜に羽毛が生えていたという説はもはや覆しようがない定説になっている。
 簡単には納得しづらい。なにせ、ずっと恐ろしい生き物だとされてきたのだ。だからこそスピルバーグは『ジュラシック・パーク』を作った。現時点で科学的に正しい恐竜像(つまり羽毛が生えカラフルな色にテクスチャーを張り直す)でもって『ジュラシック・パーク』を作り替えたとしても、僕らは初めて春樹の著者近影を見たときのような違和感を覚えるはずだ。そんなのイメージと違う! と。
 でも恐竜の姿の想像図は、これまでも変遷してきた。恐竜の概念が生まれたのは1840年代と割合最近のことである。マルクスが「共産党宣言」を発表したのが1848年。つまり、共産主義思想と恐竜の概念はほぼ同時期に生まれているのだ。
『世界恐竜発見史-恐竜像の変遷そして最前線』を読む。
 恐竜を考えたのは、イギリス人だ。1820年代に地質学者のバックランドと医師のマンテルが競ってメガロサウルス、イグアノドンという古代の巨大絶滅生物を発表。だが当時の彼らは大きなトカゲの類と捉えていた。4本足のでかい爬虫類は、当然、うろこのような肌を持っていただろうと考えられた。
 ちなみにこの頃はまだ「恐竜」という概念は存在していない。のちの1840年代に生物学者のリチャード・オウエンによってトカゲとは異なる「恐竜」の概念が提示され、恐竜研究が始まる。背景は、ノアの箱舟が史実だったと実証するために地質学の研究を行い、うっかり恐竜を掘り当ててしまう。当時の科学はまだ宗教とは不可分。恐竜研究は、聖書の創世記との関連でもって始まっているのだ。
 まあそれを言うならマルクスだって、もともとユダヤ教の家に育ち、ユダヤのメシアイズム、至福の千年王国の影響を受け人類の闘争史の末に現れるユートピアとして共産主義を思いついたと言われる。どっちもどっち。
 さて恐竜。19世紀末にはアメリカでも恐竜の発掘が進み、恐竜のイメージも書き換えられていく。ティラノサウルスが発見されたのもこの頃。恐竜の基本イメージも2本足になっていった。ゴジラのような直立姿勢の当時の恐竜のイラストも残っているが、これはすぐに前傾したスタイルだったと書き換えられる。
 恐竜研究はその後、停滞期を迎え、のちの1960〜70年代に大発展を遂げる。基本的にはドラえもんの劇場版第一作『のび太の恐竜』もマイケル・クライトンの『ジュラシック・パーク』もこの恐竜ルネサンス期の研究成果に則ったものだ。
 ティラノサウルスの遺伝子が、ニワトリのそれと酷似しているなど、恐竜=鳥類という最新学説は、以前から指摘はあったが、それを証明する発見があるのは21世紀以降。
 20世紀の恐竜像の遺物であるうろこの肌のティラノサウルスやヴェロキラプトルのフィギュアは、いまならAmazonで500円オフで売られている。新型の羽毛バージョンに置き換えられる前にゲットしておくか。

太田出版 ケトル
vol.35 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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