『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』
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【話題の本】『村上春樹 翻訳(ほとんど)全仕事』村上春樹著
[レビュアー] 海老沢類(産経新聞社)
■世界的作家を育んだ膨大な訳業
小説執筆の傍ら、世に送り出した翻訳書は約70冊。作家の村上春樹さんが自らの翻訳家としての36年の歩みを振り返る。3月刊で2刷2万8000部。主な読者層は20~50代の男女と幅広い。
小説やノンフィクション、音楽についての文章まで、手がけた一点一点が丁寧に紹介される。初の訳書、米作家スコット・フィッツジェラルドの作品集を出したのは昭和56年。デビューから2年後の仕事を〈ただただ熱意しかなかった〉と懐かしむ。J・D・サリンジャーの永遠の青春小説『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の項では〈その魔術的なまでの巧妙な語り口〉に正面から挑んだ感慨をつづる。当時の心境を紡ぐ言葉に原書への深い敬意と愛がにじむ。
膨大な仕事は日本の海外文学ファンを開拓しただけではない。全集を訳した同時代の米作家レイモンド・カーヴァーについてこう書いている。〈僕が彼から学んだいちばん大事なことは、「小説家は黙って小説を書け」ということだったと思う。小説家にとっては作品が全てなのだ。それがそのまま僕の規範ともなった〉。若い書き手が世界的な人気作家へと成長していく道程の、精緻で心揺さぶる記録がここにある。(中央公論新社・1500円+税)
海老沢類