『月夜に溺れる』
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ここに死体を……
[レビュアー] 長沢樹(作家)
サイクリングが趣味で、日頃から東京近郊を走り回っている。特に知らない道にふらりと入り、迷って迷って見知った風景に戻ったときの快感は何物にも代えがたい。
街や田園風景の中を彷徨しながら感じるのは、地形や街の形、空気、人の流れだ。すると勝手に、その場に相応(ふさわ)しい場面や物語が浮かんでくる。たぶんこれは習性だろう。
『月夜に溺れる』もその“彷徨”の中から生まれた物語だ。
舞台は横浜、川崎(かわさき)を中心とした神奈川県。
土曜日の午後、鶴見(つるみ)川河川敷に横たわる女子高校生の絞殺体。
辻堂(つじどう)から七里ヶ浜(しちりがはま)、鎌倉(かまくら)にかけての海に面した国道134号線は、犯人のアリバイ工作のポイントとなった。
川崎市臨港部の工場・倉庫街では、警察と窃盗犯の大捕物が行われる中、密(ひそ)かに女子大生殺害事件が発生。
首都高速神奈川2号線の高架下を流れる川に浮かぶ女性と、横浜・伊勢佐木町(いせざきちょう)を彷徨(さまよ)う家出少女たちの生き様――
そんな幻影が、そこを訪れた私の眼前に浮かんできた。
捜査の中心にいるのは、バツ2で二児の母であるアラサー捜査官・真下(ました)霧生(きりお)だ。神奈川県警生活安全部のエースで自称“一匹女豹”。クセモノの相棒とともに、時に二人の元旦那(ともに刑事)と連携し、ある時は警察組織自体を煙(けむ)に巻き、女性ならではの観点から謎を読み解き、犯人を追い詰める。
印象深かったのは、川崎市臨港部の取材だ。炎天下、自宅のある埼玉県から自転車で行き、工場街を走り回り、犯人の逃走経路を策定、疲れ果て、ようやく見つけたコンビニでヤキトリを購入、海を眺めながら食べたその味が格別だった。
東京、神奈川近郊には物語の舞台としたい場所、死体を転がしたい場所がまだまだある。いずれまた真下霧生を出動させることになるだろう。