佐々木功・インタビュー 戦国武将・滝川一益の生き様を描く なぜ一益を主人公としたのか

インタビュー

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乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益

『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』

著者
佐々木功 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758413114
発売日
2017/09/29
価格
1,540円(税込)

【特集 佐々木功の世界】佐々木功インタビュー 聞き手・細谷正充(文芸評論家)

[文] 細谷正充(文芸評論家)

佐々木功
佐々木功

第九回角川春樹小説賞を受賞した『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』(受賞時のタイトルは『乱世をゆけ』)は、戦国武将・滝川一益の生き様を描いた歴史小説。一益は信長の重臣として有名だが、その生涯は謎が多い。なぜ一益を主人公としたのか、どのように受賞作が描かれたのか。本賞の二次選考に携わった細谷正充さんが受賞者・佐々木功さんに伺った。

 ***

細谷正充(以下、細谷) 角川春樹小説賞受賞おめでとうございます。
佐々木功(以下、佐々木) ありがとうございます。
細谷 今回の受賞作で、一番びっくりしたのが、滝川一益が主人公だったことです。織田家の武将として名前はよく知られていますけど、実際の行いは目立っていない。この人を書こうと思った理由はどこにあるのでしょう?
佐々木 戦国時代を好きになったきっかけが、織田信長でした。信長自身とその身辺の人たちというのが、ずっと気になる存在であり続けていました。三十代中盤に、信長とその周りの人間を書こうと思った時に、滝川一益が本当に謎というか、よくわからない人だったんですね。それで調べ出したら“忍者”かもしれないとか、あとは浪人であっただろうとか。そんな人間にもかかわらず、信長には非常に重用された。あるいは秀吉と戦って敗れている。あとは家康と同盟の件で絡んだりとか、諸々の重要なポイントで出てくる人なんです。これは何かドラマというか、創作にできるんじゃないかな、というのがこの作品のベースですね。

細谷 一益忍者説を採ろうと思ったのは、どの辺りに理由があったのでしょう?
佐々木 普通にやっていたら書けないなと思ったんです。一益の文献への登場は少なすぎて、史料がほとんどない。
細谷 史実通りにやろうとすると、信長に仕えてからになりますよね。
佐々木 なので、まともにやっても書けないなと思いました。やるんだったら「~かもしれない」みたいな資料は、もう全部採用。「忍者だったかもしれない」だったら忍者。「親族を殺したかもしれない」とかあったら、それも事実。あとは信長の娘だか何だかを娶ったかもしれないのであれば、それも事実として取り込んで作ってしまおうと。それが無ければできなかったと思います。

細谷正充
聞き手:細谷正充

細谷 忍者小説と歴史小説の良いとこ取りになっていると思います。
佐々木 解っていただいて、すごく嬉しいです。忍者ものだけで終わらせてしまうと、多分書ききれなかったと思います。忍者ものは忍者小説で大ヒットを飛ばされた先生方がいらっしゃるんで、その先生方の後に書いてもしょうがないかなと考えました(笑)。ただ、忍者という要素は一益のキャラクターなので取り入れながら、あとは通常の歴史小説というか、そういうものを織り交ぜました。滝川一益という人間の生き様を書く上で、周りの人も絡ませながら書けないかなと思ったのがこの小説ですね。
細谷 滝川一益と織田信長の関係が面白いですね。この二人は同志じゃないですか。
佐々木 そもそも信長を書いてみたいというのが大本にあった中で、信長自身を書くのは飽きられているので一益をクローズアップしていったところがあります。信長というのは本当に不世出の天才です。一益みたいな奇妙奇天烈な人間も、慣習にとらわれない信長だからこそ活かせたというところをベースにしたかったんですね。だからそういう意味では同志だと思いますし、主従じゃない関係を作りたかった、書きたかったと思っていました。
細谷 本作は、桶狭間の戦い、長篠の戦い、本能寺の変とか、信長が出てくるなら絶対に書くであろう部分を詳しく書いていませんね。
佐々木 その辺は正直言って、色々な方が書いているから敢えて自分が書かなくてもいいんじゃないかと。あとは一益自身が、桶狭間では実際に出陣していないと思います。長篠は出てはいますけど、あまり細かく書かなくても皆さんもう知っているでしょうし、本能寺の時は遠くにいるので、ここも書かなくていいかなと、自動的に外れていったというのはあります。それよりも、それを受けて一益がどう思ったとか、それを見て何を起こしたとか、そういうことを書いた方がいいのかと思いました。
細谷 「忍者小説」の部分で言いますと、有名な忍者の“飛び加藤”が出てきます。
佐々木 そんなに忍者小説とか忍者の歴史に詳しい人間ではないのですけど、ピタっとハマっちゃったんですね。例えば信玄との絡みとかを考えていくと、飛び加藤は上杉から武田に行った忍びだとか、そういうことが絡めていきやすかったっていうのはあります。無理やり出したというよりも、フワッと思いついて上手くハマるなという感じで。服部半蔵もそうです。服部半蔵は息子の正成が家康につきましたけど、父親の保長の方はほとんど知られていなくて、いつ死んだかもわかっていない。それを生きている設定にして一益と絡ませていくというのが、ふと出来てしまった。そんな風に、不思議に組み合わさっていったキャラクター達です。
細谷 作品のプロットもキツキツに決めなくて、書きながら先の展開を考えていった感じでしょうか?
佐々木 まず一益の歴史的な出来事をポンポンポンと置いて行って、あとは(一益の人生の)前半の不明な部分ですね。甲賀の忍者という設定にして、史実を調べていくうちに、だんだんと結びついていった。私自身、ちょっと不思議な感覚ですね。滝川一益っていう人間が呼び寄せたかのような。
細谷 そういう感覚になったことが、この作品以外にありますか?
佐々木 ないですね、初めてです。
細谷 滝川一益の書きづらさの最大の理由っていうのは、結局「信長の死」以降の転落劇ですよね。あと最期がはっきりしないという。
佐々木 そこは書いていて難しかったところです。細かいことを言っちゃいますと、小牧・長久手の戦いに秀吉方で一益が出兵するわけなんですけれども、そういうところを細かく書き出しちゃうとキリがない。その戦のことまで書いちゃうと、作品の終わりが締まらなくなっちゃいますので、あえてその所はバッと省いて、神流川の戦いでとりあえず彼の侍としての運命は終わったという設定にしました。
細谷 一益は心の中にいろいろ抱えていたけど、それを自分で形にできなかった。信長という存在が形を与えて、だから信長がいなくなった瞬間に、一益もその存在価値をなくすんじゃないでしょうか?
佐々木 仰る通りですね。放浪している時に何をしていいかわからないというか、自分には何ができるんだろうと迷いながら生きてきたのが、信長という天才と会うことによってバーンと弾けた。自分の世界がドーンと広がった。そんなに出世欲とか金銭欲とかは無いんですけれども「こいつと一緒なら、何かやってやろうじゃないか」っていう、そういう感じで武将になる。それが果たせた時に自分の役目は終わったと、あとは未練なくパッと消えていってしまう。そういう人間ですね。
細谷 そういった戦国武将らしくない人物の魅力を描き切ってると思います。
佐々木 ありがとうございます。自分では描き切ったとは思えないんですが、こういう人間がいてもいいんじゃないかと思いますね。秀吉みたいにバリバリ出世したり、柴田勝家みたいに武力は一番だって自己顕示欲の強い人たちだけでなく、信長の部下にはこういう奴もいたんじゃないのかなっていう……奇妙な奴ですよね。で、信長は上手く手綱を引きながら(配下の武将の)個性を引っ張り出して、天下を取ったんじゃないかなと思ってますね。
細谷 今後はどのような作品を執筆しようと考えていますか。
佐々木 戦国ものしか、今の時点では書けないと思っています。戦国でも安土桃山、江戸幕府でも初期の方から題材を見つけてと考えてはいるんですけれどもね。
細谷 最後に、これから作品を読んでくれる読者に一言お願いします。
佐々木 滝川一益は、非常に地味で解りづらい人物だと思います。でも、こうやって掘り下げていくとですね、ものすごく味があって魅力ある人物なので、この小説を読むことによって少しでも皆さんに興味を持っていただけたら嬉しいです。

構成=細谷正充/人物写真=須貝智行/書籍写真=田中伸司

角川春樹事務所 ランティエ
2017年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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