男はみんな“元カノ成分“でできている 女は“今カレを上書き”する 燃え殻×一木けい

対談・鼎談

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1ミリの後悔もない、はずがない

『1ミリの後悔もない、はずがない』

著者
一木, けい, 1979-
出版社
新潮社
ISBN
9784103514411
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

男はみんな“元カノ成分“でできている 女は“今カレを上書き”する 燃え殻×一木けい

[文] 一木けい(作家)/燃え殻(作家)


写真左から燃え殻さん、一木けいさん

『ボクたちはみんな大人になれなかった』が、7万部超えのベストセラーとなっている「140文字の文学者」燃え殻さん。椎名林檎さんも絶賛した小説『1ミリの後悔もない、はずがない』でデビューしたばかりの新人作家・一木けいさん。初めての小説を「元カノ」「元カレ」をテーマにして書いた2人が語る「忘れられない恋」とは?
*『1ミリの後悔もない、はずがない』の一篇「西国疾走少女」の全文を特別公開中https://www.bookbang.jp/article/546472
 ***

椎名林檎が絶賛するあたらしい才能の出現

燃え殻 『1ミリの後悔もない、はずがない』読みましたよ、この椎名林檎さんの「私が描きたかった全てが入っている」って言葉はすごいですね、パワーオビだ。

──(編集部)椎名林檎さんからは、「私が50分の円盤や90分の舞台で描きたかった全てが入っている。」という推薦文をいただきました。

一木 私は「西国疾走少女」という短編小説で2016年に「女による女のためのR-18文学賞」を受賞したのですが、この小説は椎名林檎さんの作品「閃光少女」に並走して頂くような気持で書き進めたんです。同じ福岡で育った同学年の私は、ずっと林檎さんの曲を聴いてきました。「西国疾走少女」を送らせて頂いたら、他の短編も読みたいと仰ってくださって。いまだに夢の途中にいるみたいです。

燃え殻 この言葉は同じ作り手としての最高の賛辞ですよね、うらやましいです。

一木 ありがとうございます。燃え殻さんはどなたにお会いした時が一番うれしかったですか。

燃え殻 僕は高校の時、大槻ケンヂさんのことが好きだったので、トークイベントをさせてもらったのはうれしかったです。控え室で2人きりの時間が少しあって、この場面を高校の時の自分が見たらどう思うだろう、と。その時に、これから良いことと悪いことがたくさん起きるだろうけれど、それは全部すぐ過ぎ去っていくから気にしなくていいよ、みんなすぐ忘れるから、と大槻さんに言われたんです。

一木 わー、すごい! お守りみたいな言葉ですね。

燃え殻 「おまえの知ってる大槻ケンヂこれだろ?」みたいに接してくれて、なんてありがたいんだ、と思ってます。

一木 今日の燃え殻さんは、私にとってまさにそういう存在ですよ。

燃え殻 そんな、僕なんてそんな存在じゃないですよ。

一木 いえ、すでに忘れてはならない単語、フレーズで頭がいっぱいです。

女性は過去の恋をすべて消化していく!?


一木けいさん

燃え殻 実は僕、小説を読むという行為に慣れていないんです。だけど『1ミリの後悔もない、はずがない』は、すぐに世界観に入り込めてガーッと読めました。あんまり素晴らしいから、これからは書く方でなく読む方にまわりたいと思っちゃいました。

一木 ありがとうございます、でもダメです。燃え殻さんのファンに叱られます。

燃え殻 会田誠さんから、ちょうど1990年代のことを小説に書こうとしていたんだけど、君が書いたから僕はもう書かないよ、と言われたんです。それがすごく自信になった。でも同じことを他の人に言う機会がこんなに早く来るとは思わなかった(笑)。

一木 もったいないお言葉です。でもダメです(笑)

燃え殻 1作目の「西国疾走少女」は、主人公の女性が今は結婚して幸せそうなんだけど、料理中イカをさばいていたら、イカの中に魚が丸々一匹入っていて、それをきっかけにはじめての恋をガーッと思い出していく、その入り口がすごく良いですね。

一木 イカの場面、大丈夫でしたか。

燃え殻 主人公にとって、過去の恋はすべて消化されていて、消化されていないのはイカの中の魚だけ、ということなのかなぁと思ったんですが。

一木 わー、うれしい!

燃え殻 僕の小説の入口なんて、電車の中でイカ100匹、いやイカ渋滞、うーんイカ満員電車みたいなところから始まってる(笑)。お互いふとしたきっかけで、元カレ、元カノを思い出す、という設定は同じなんですけど、一木さんは冒頭で既に消化されたところから始めたのが、すごく僕の好みでした。こんなふうに書けたら、僕も叩かれなかったと思う……。

一木 そんなに叩かれたんですか?

燃え殻 心折れそうになるレビューは何度か読みました。生まれてすみません、ってバック・トゥ・ザ・フューチャーのデロリアンに乗って謝りに行きたい気持ちになったくらいです。

一木 ひどい。とっちめてやりたい。

思い出したくない過去がよみがえる


燃え殻さん

燃え殻 一木さんの小説を読んでいて、この人は静かに人生に絶望していると感じたんです。僕の仕事はテレビの裏方で、みんながお祭りでも裏で焼きそばを焼いているみたいな、自分では幸せから5段くらい階段を下りたところにいて世の中を見ている感覚なんですけど、一木さんは狭い路地にいるような感じがしました。だけど、今バンコク在住であちらで書いたんですよね? そういう明るい匂いはぜんぜんしない。いったいどんな気持ちで書いたんですか。

一木 2015年の夏に寝屋川市で中学1年生の女の子と男の子が夜に出歩いて殺されてしまったという事件が頭から離れなくなりました。気づいたら、会う人会う人にその話をしているんです。どう思う? あなたはどんな中学生だった? って。そんなことを繰り返していたら突然、自分の子どもの頃を思い出しちゃったんです。

燃え殻 そうなんですか。

一木 問題のある家、それからトイレの個室に入っていたら上から水をかけられるような地獄の学校生活が、一気に噴出したんです。思い出したくなかったことがたくさん甦ってきて苦しかったので、自分で自分をカウンセリングするみたいにデビュー作を書きました。

燃え殻 なるほど。それじゃあ、パッションだけで書いたってこと?

一木 パッションだけです。小説家になりたいというより、小説を書かないと生きていけなかった。治療する代わりに書いたんです。

燃え殻 でも5篇の短篇がすべて繋がっていたり、絡み合っているけど、そういう構成はあとから?

一木 まず「西国疾走少女」があって、それを軸に他の作品を書いたので、徐々に話をふくらませていったという感じです。既に書いたものを元に考えた短編もあります。

燃え殻 めちゃくちゃ戦略的じゃないですか。そんなに書いたものがあるんですか。

一木 戦略とはかけ離れていますよ。ストックが何作かあったのと、単行本の話が出てから書いて、収録しなかった作品も4、5本あります。

燃え殻 そんなに!? それメルカリで売ってないんですか!?

一木 メルカリの使い方知らないし(笑)

「みんなの元カレ、燃え殻さん」

一木 先ほどの「一木さんは静かに人生に絶望している気がする」という言葉が、実はすごくうれしかったんです。

燃え殻 なんで!?

一木 燃え殻さんはこういうことを仰るからモテるんだな、と思って。

燃え殻 どうした!? どうした!?

一木 突かれたいところを突かれたというか。だから今日は燃え殻さんにやられないぞ、むしろやってやると気概を持って来ました。そして燃え殻さんはなんだか「元カレ」みたいなので、緊張せずリラックスしてお話できる予感がありました。なんというか「元カレの象徴」「みんなの元カレ、燃え殻さん」という感じなんですよね。

燃え殻 うーん、そうなのか。その元カレ、みんなちゃんと働いていました?

一木 対等というよりは、ちょっと女子の方が立場が有利な恋愛の、元カレというイメージです。失礼なことばかり言ってすみません。

燃え殻 東洋経済ONLINEで【男はみんな「元カノの成分」でできている】というエッセイを書いたら盛大に炎上したのでイヤなんですけど、僕は本当に小説のモデルになった彼女のことを尊敬してたんですよ。才能にひれ伏したいというか、老成した彼女を早く介護したい、って衝動にかられてたんで。

一木 他の男性のところに行って欲しくないからですか?

燃え殻 この人の魅力を他の人に気づかれるとヤバい、って思ってたんです。でもみんな素通りだからぜんぜん大丈夫だったんですけど(笑)。彼女が「君は大丈夫だよ」って言ってくれたことで、根拠のない自信で今日をやり過ごせてた。惚れた人からそう言われると、せめて言ってくれたことくらいは叶えたいな、と思ったんですよ。その頃時給790円で働いて何ものでもないのに、「きっと君は表現者になれる」って、その言葉をお守りにして生きていました。

一木 そういうことありますよね。

40歳になっても20代と同じラブホテルに


燃え殻さん

燃え殻 一木さんと僕の小説が違うのは、現在からの回想の仕方。『1ミリの後悔もない、はずがない』の冒頭では、主人公の過去と現在には大きな隔たりがありますよね。

一木 はい、彼女は「今」を生きています。

燃え殻 cakesの連載の時、冒頭に主人公が40歳になっても当時と同じラブホテルで別の女の子と寝るというシーンを書いていたんです。でも、担当編集者にそれあり得ないでしょうって言われて。自分には過去と現在の距離感がほとんどないことに気づいたんです。

一木 おもしろすぎる。

燃え殻 でも大槻ケンヂさんも初体験をしたラブホテルに今でも昼寝しに行くって。

一木 最高です(爆笑)。

燃え殻 同じ場所に行くと、ガーッと過去に戻れるっていうか……。

一木 私の考えですけど、男性の多くは過去と現在がマーブル模様になっている中を危うい感じで生きていらっしゃる。一方女性はとにかく今がメインで、あとはほんの少し未来を見ているような気がします。年齢の問題もあるし、子どもを生んだらおっぱいあげなくちゃとか。

燃え殻 はい。

一木 (笑)今を見ざるを得ないというか、そんな昔のラブホに行ってる場合じゃないですよ。仕事や結婚や子どもの有無にかかわらず、そういう傾向があると私は思います。同じような思い出があっても、保存の仕方が違うんでしょうか。

燃え殻 そこはもう、読者に非難されるだろうな、とわかって振り切って書きました。男の人でもちゃんと生きてる人からは賛同されなかったし……。

一木 そうなんですか。私も男性がどう読んでくださるのか気になっているんです。

燃え殻 僕の小説を褒めてくれた女性でも「私が男性だったらもっと共感できたと思います」なんて感想があるくらいですけど、一木さんの小説は性別を意識しないで読めて、男女どちらにとっても普遍的なものだと思いました。

一木 うれしい。ありがとうございます。

燃え殻 そういえば、どちらのタイトルも否定形ですよね。

一木 気づきませんでした! ほんとうに、そうですね。

燃え殻 このタイトルに決める時、大人になっちゃったからこその、なれなかった、だよね、という話があったんですが、お互い、ある種の矛盾があるタイトルですよね。稲垣吾郎さんと話した時に「ボクたちはみんな大人になれなかった」って、大人が言うことだよねって言われました。だから、「1ミリの後悔もない、はずがないよね」って磯丸水産で喋っているOLさんは、たぶんしっかりした大人なのかもね。

一木 (イソマルスイサン、とメモを取る)

燃え殻 あ、タイにはないか。すみません(笑)。今日はありがとうございました。

一木 愉しかったです! 燃え殻さん、ありがとうございました。

Book Bang編集部
2018年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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