『熟れた月』刊行記念インタビュー 宇佐美まこと

インタビュー

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熟れた月

『熟れた月』

著者
宇佐美まこと [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912055
発売日
2018/02/14
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『熟れた月』刊行記念インタビュー 宇佐美まこと

[文] 門賀美央子(書評家)


宇佐美まことさん

デビュー11年目にして、昨年、『愚者の毒』で日本推理作家協会賞を受賞した宇佐美まこと氏。人間の心の闇をえぐり、読者を戦慄させる物語に痺れたファン待望の新作、書下ろし長編ミステリー『熟れた月』が刊行された。最大の謎である「人間」に迫る今作について、熱く語ってもらいました。(インタビュー・文 門賀美央子)

 ***

もう二度と書かない、「泣ける話」です。

――昨年、『愚者の毒』で日本推理作家協会賞を受賞されて以来、本作も入れると三冊の新刊を上梓されました。大変な仕事量です。

宇佐美 立て続けに出てはいますが、デビュー以来の十二年間、特に注文がなくても書き溜めていたものが結構あるんですよ。今回の『熟れた月』もそのひとつで、原型は五年ほど前にできていました。

――ということは、『愚者の毒』よりも先に?

宇佐美 そうですね。もちろん、出版が決まってから大幅に改稿しましたけれど。

――宇佐美さんは『幽』怪談文学賞、つまり怪談を対象とする文学賞で大賞を取ってデビューされました。だからでしょうか。ミステリーにカテゴライズされる作品にも、どこか不思議な雰囲気があったり、ゾッとする場面があったりします。今回は、超自然的な存在が出てきますね。

宇佐美 最初と最後に出てくる柏木(かしわぎ)リョウのことですよね。彼はこの物語のキーパーソンです。

――その辺りについてもじっくりお聞きしたいのですが、まずは本作をどのように着想されたかについて教えてください。

宇佐美 「全てのものはつながっている」タイプのお話を書きたいと思ったのが原点でした。もう少し具体的に言うと、一見なんのつながりもないはずの出来事や人物が、何らかの形でリンクしていって、最後に「こうなるのか!」と驚いてもらえるようなお話、ですね。私はもともと謎解きが好きで、これまで書いてきたものにも必ず謎解き要素を入れていました。厳密にはミステリーではないかもしれないけれど、何らかの謎が物語を引っぱっていく、そういうタイプのお話です。

――今回は、殺人を犯してしまった女性が息子に残した「ウーピーパーピーの木の下に埋めた」という不思議な言葉が物語の発端になります。でも、殺人事件自体は謎でもなんでもないという。

宇佐美 そうなんですよ。

――しかも、恋する田舎の女子高生と謎めいた探偵役が苦境に立たされた少年を救う物語になるのかと思って読み進めると、いきなり場面転換して池袋でヤミ金業をやっている薄汚い大人たちの殺伐としたシーンが続きます。

宇佐美 最初のうちはわけがわからないかもしれませんね。すでに読んでくださった方からは、全く違う話がどんどん出てくるので、「これ、どこに向かうのだろう」と心配になったとの感想もいただきました(笑)。

――しかも、リョウの存在が……。

宇佐美 読者はきっと驚かれることと思います。でも、このいくつもの流れが並走する話をまとめあげるために、柏木リョウは必須の存在でした。

――宇佐美さんの作品には珍しい、軽くて飄々とした人物ですね。

宇佐美 極楽とんぼみたいな子でしょう? 彼のおかげで、この物語の読み口がずいぶんと軽くなったと思います。ぴょんぴょんと出てきて、最後まで跳ねながらいって、ひょいっと糸をつないでいなくなっちゃう。

――もう一つ、これは宇佐美作品としてはある意味画期的なのかもしれないのですが、結末がなんとハッピーエンドです!

宇佐美 そうなんです。だから、人に「今回はどんな話なの?」と聞かれたら、「私が二度と書かないような、泣けるいい話」と説明しています(笑)。

――正直に言いますと、宇佐美作品の愛読者としては、ハッピーエンドと思わせつつ最後の最後ではしごを外されるのではないかとドキドキしながら読みました(笑)

宇佐美 疑いながら読めたでしょう?(笑)初長編の『虹色の童話』では、最後の最後に「この人こういう人だったの?」っていうのをやっていますからね。私は、基本的には人を戦慄させる物語を書きたいのです。大ハッピーエンドを求める方もいらっしゃるし、最後にわんわん号泣したいという気持ちもわかるのですけれど、でもそればっかりじゃないのでは? と言いたい気持ちがあるものですから。なにぶん、あまのじゃくなので。ですから、読者によっては「えー? これで終わり?」と戸惑う方がいるのは承知の上で、「これで終わりよ」って(笑)。

――ただ、不思議なことに、宇佐美作品はたとえバッドエンドであっても、奇妙な解放感があります。これはこれでよかったのではないか、と思わされるような。

宇佐美 救いって様々な形があって、一通りではないですよね。今回のラストは、私の小説にしてはわかりやすい“救い”があります。とはいえ、すべてがマイナスだった人の人生がようやくゼロ地点にまで戻せた、程度かもしれませんが。おまけに、死んでいく人もいれば、どんな道を進んでいくかわからない人もいますし。でも、私は、ひとつの物語の中に救われる人が一人か二人でもいたらそれで十分なのではないか、と考えています。現実ってそんなものですし、真っ暗闇の人生でも何か小さな光があれば人は生きていける。そんな思いが根っこにあります。『愚者の毒』でも本作でも、登場人物自身は何が起こっているのかさっぱりわからないし、知るすべもありません。だけど、物語全てを展望して見られる読者には、小さいけれども確かな光が灯ったことがわかる。そういうラストを書きたいのです。

――その「小さな光」がいつ消えてもおかしくない状況でギリギリなんとか灯り続けた、というのが今回の物語でしょうか。

宇佐美 そうそう。すごく細い糸でつながっている感じでしょう? その中で、「秩序はめぐる」っていうフレーズが出てくるのですが、あれは松任谷由実さんの「78」という歌にある言葉です。すごくすてきな言葉なので若い頃からずっと頭にこびりついていました。取り方次第でいろいろ変わるし、面白いし、意味が深い。それを小説として私なりに具現化してみた、というのもあります。今って、夢や希望とか、人生の目標がないと生きる意味がないっていう風潮が強いですよね。しかも、何か目に見える結果を出さなければ人生は失敗、という感じで世間が煽る。でも、私はそうは思いません。たとえ、はっきりとした結果を出さずに終わった人生でも、周囲や次世代に何かをつなげていくことができたら、それでその人生は十分意味がある。本人すら気づかなくても、思いをどこかですくい取る人がいるかもしれないし、それで未来がつながっていくのも面白いのではないでしょうか。

――最後まで読者の想像に任せる部分も残しておられます。

宇佐美 そこはやっぱり読者としての私の好みかなあ。私はデビューが遅かったので、一読者である期間がものすごく長かったのですが、かなり辛口の批評家で「これはちょっと説明くさいんじゃない?」とか「作者の顔が出過ぎているんじゃない?」とか、いろんなことを思いながら読んできました。状況や登場人物の思い、さらに結末を書きこみ過ぎるのは、私にとってはくどく感じられる。途中で放り出される快感ってあると思うのです。あとは自分で考えてくださいね、って。

――「余白」が重要である、と。

宇佐美 物語に登場する要素すべてに理詰めではっきりとした解決が示されるタイプの小説が好きな方には、モヤッとしたものが残るかもしれません。ただ、私が読者であれば、そういう話は逆に物足りない。読み終わったあと、あれはこうだったのだろうか、それとも……と考えを巡らせられる方が、充実した読書になるので。

――そんな宇佐美さんが小説を書く上で大切にされていることは何ですか?

宇佐美 私はやっぱり“人間”を書くのが小説だと思っています。だから、ミステリーとカテゴライズされるものを書く場合は「動機」の部分を大切にしたい。トリックがどれだけすごくても、最後の最後まで登場人物がペラペラなままだと、がっくりしてしまうんですよ。「こんなことで人ひとり殺す?」なんて思ってしまった日には、もう全部が嫌になるタイプで。だから、そこは深く突き詰めたいですね。たとえフィクションであっても、殺人はすごく重いはずです。たとえば、バラバラ殺人を取り扱うとして、「バラバラになった死体が見つかりました」の一行で終わるようでは、私は納得できないし、自分がそのように書くのはもっと許せない。たぶん読み手としてうるさいんですよ、私は。

――人間はそんな単純なものではない、との思いが強いのでしょうか。

宇佐美 そうですね。世間はとかく白黒をつけたがるけれども、どんな善人でも心に暗い何かを抱えているものですし、極悪人でも平凡な人間と何ら変わらない喜怒哀楽があります。私自身いろいろな人間に出会って、一人の人間がどう変わっていくのかも見てきました。そこはやっぱり年の功ですかね(笑)。

――最後に、新作に期待する読者にメッセージを。

宇佐美 推協賞を受賞した作家だからゴリゴリの謎解きものだろうと期待して読まれると、当てが外れるかもしれません。でも、人にとって、最大の謎は“人間”であり、その謎にはこの上なくしっかり迫ったつもりですので、ぜひお読みいただけたらと思います。

宇佐美まこと(うさみ・まこと)
1957年愛媛県生まれ。2006年「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞〈短篇部門〉大賞を受賞しデビュー。2017年『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞〈長編及び連作短編集部門〉を受賞。怪異や人間の心の闇に迫る作品で注目される。ほかの作品に『入らずの森』『角の生えた帽子』などがある。

光文社 小説宝石
2018年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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