『プラットフォーム企業のグローバル戦略――オープン標準の戦略的活用とビジネス・エコシステム』

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3
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プラットフォーム企業のグローバル戦略

『プラットフォーム企業のグローバル戦略』

著者
立本 博文 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641165014
発売日
2017/04/05
価格
5,832円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『プラットフォーム企業のグローバル戦略――オープン標準の戦略的活用とビジネス・エコシステム』

[レビュアー] 青島矢一(一橋大学イノベーション研究センター教授)

 1990年代中盤以降、かつて隆盛を誇った日本のエレクトロニクス企業の凋落が目立つようになった。半導体、PC、テレビ、携帯電話、DVDプレーヤーなど多くの製品領域で、韓国、台湾、中国など東アジアの新興企業に市場を明け渡した。一方で、インテル、アップル、クォルコム、グーグルなどの巨大な高収益企業が、製品/サービスの領域を支配するようになった。その結果、電子・通信産業の多くの分野で、強力な欧米のプラットフォーム企業、標準部品を提供するモジュール企業、それらを組み合わせて安価な完成品を提供する新興国企業という国際的な分業構造ができあがった。この過程で、製品毎の垂直統合を基本に事業を展開してきた先進国企業は苦境に立たされることになった。
 こうした大きな産業の構造転換は、近年多くの研究者の関心を集めてきた。この現象を巡っては、例えば、モジュール化の経済性や市場の両面性に注目した理論的説明や、豊富な事例分析を通じた国際分業の実態やプラットフォーム企業の競争優位の解明などが行われてきた。本書はこうした一連の研究の流れにある。ただし、これまでの研究の多くが、分析対象や研究方法において、経済学、経営学、政策論の研究分野の枠組みの中で、それぞれ局所的に行われる傾向にあったのに対して本書は、それら異なる専門分野の知見を統合して、現象の全体像を理論的かつ実証的に解明している点に特徴がある。極めて野心的な研究である。
 また、従来は、主として経済学者が理論モデルの発展に寄与し、経営学者が事例分析による実態解明と帰納法による仮説構築を行ってきたが、現象の測定の難しさから定量的な実証分析が乏しいという問題があった。著者は、独自の定量化手法によって、この問題も克服している。
 本書が提示する基本命題は「グローバル・エコシステムでオープン標準が形成されると、プラットフォーム企業がドミナントな競争優位を得る。プラットフォーム企業の成功は、急激な国際的産業構造の転換を引き起こす」というものである。
 電子・通信産業では、急速な性能向上に伴って、製品やサービスのシステムが複雑化・巨大化し、その開発は、一企業の範囲を大きく超えて、多様な企業の協業にゆだねられるようになった。そこで必要となったのが、オープンな標準ルールの設定である。システムを構成する補完財(ユニット、部品、ソフトウェアなど)間にオープンな標準インターフェースが設定されると、それらの補完財市場の間には広範囲のネットワーク効果が生まれる。DVD規格のソフトが売れると対応する機器も売れるといった具合である。そして、複数の補完財市場間に生じるこうしたネットワーク効果を巧みに利用して産業全体を支配するのがプラットフォーム企業である。プラットフォーム企業は、複数の補完財市場に製品を提供する立場を利用して、高い競争力を維持しようとする。そこでとる戦略の一つが、オープン領域と自社が囲い込むクローズな領域を巧みに分離する標準化戦略である。これが成功すると、オープンな領域は新興国からの参入者を呼び込み、熾烈な価格競争によって市場が拡大し、「ビジネス・エコシステム」は成長する。一方、クローズ領域を独占するプラットフォーム企業は、この成長の恩恵を享受しつつ、巨大化する。このように、国際的な分業構造は大きな転換を経験するというのが、本書で筆者が明らかにする産業転換のストーリーである。
 筆者は、まず、第2章でこのストーリーの理論的な根拠を提示することから始める。そこでは、主として経済学の理論に依拠して、オープン標準下で複数市場に製品を供給するプラットフォーム企業がいかに支配力を獲得するのかを説明する。鍵は二面市場戦略とバンドリング戦略である。本章は、経済学の分野におけるプラットフォーム企業に関する研究の流れを概観する上でも役に立つだろう。
 理論的根拠を提示した上で筆者は、次に、具体的な産業を取り上げて、基本命題を構成する一つひとつの側面を実証的に示していく。第3章と第4章では、独自の方法による定量的な分析が展開される。第5章から第7章は深いフィールドワークに基づく詳細な事例分析である。これら多様な方法論を用いて現象に徹底的にしつこくアプローチする点は圧巻である。
 第3章は、中国へのGSM携帯電話標準の導入を扱っている。そこでは、この市場が、技術情報が明示化されたオープン領域である端末市場と隠された情報が多いクローズ領域である基地局市場や交換機市場に分かれていることが明らかにされる。このような分離はこれまでも指摘されてきたことではあるが、筆者は、独自の「オープン度」という指標を考案し、標準企画書に記載される設計要素数を拾い上げることによって、定量的にこの事実を明らかにしている。かつてないこうした試みは特筆すべき点である。
 第4章では、半導体製造装置産業を取り上げ、近年発達したネットワーク分析の手法を用いて、プラットフォーム企業の登場を定量化、ビジュアル化している。そこでは、ネットワーク内での媒介中心性の高さによってプラットフォーム企業の登場を把握する。そして筆者は、統計的な分析によって、媒介中心性が市場成果につながること、また、オープン標準に対応した製品を新興国市場に販売するときに高い媒介中心性が成果につながることが示す。売上高が媒介中心性を高めるという逆因果の可能性は否定できないものの、プラットフォーム企業やオープン標準化といった測定の難しい概念を定量化し、統計的な分析に載せたことは、先進的な試みである。
 インテルを扱った第5章と第6章は、経営学者としての筆者の強みが全面に押し出された素晴らしい事例研究である。PC産業におけるプラットフォーム企業としてインテルについては、既にいくつも優れた研究が発表されている。しかし、本書第5章の分析は、それら既存のどの研究よりも説得力の高いものとなっている。その理由の一つは、技術的な詳細にまで入り込み、それを深く理解した上で一般読者にもわかる形で整理しているからであろう。筆者はPCシステムにおける技術プラットフォームを図示した上で、具体的にインテルがどの部分をオープンにしてどの部分をクローズにしたのかを明らかにする。そこから読者は、本書が主張する「戦略的標準化」の内容を明確にイメージすることができるだろう。また、PC産業が経験する産業構造の転換も、丹念に調べた事実関係をもとに説明が組み立てられているため、極めて納得性の高い議論となっている。
 第6章の事例分析は、その内容自体に新規性がある。プラットフォーム企業は競争力を維持するために次々と新しい技術を投入する必要があるが、それはオープン標準に基づく安定的な産業構造の維持とは矛盾する。新技術は新たなインターフェース問題を都度生み出すからである。筆者がいうコアネットワーク化のジレンマである。本章では、インテルが、台湾のマザーボードメーカーとの関係性をうまくマネジメントすることによって、この矛盾を巧みに解消する様子が描かれている。ここまで内部に入り込んで企業間のやりとりをとらえ、インテルの戦略的な顧客関係の構築を明らかにした研究は他にないだろう。
 第7章では、自動車のECU(エンジンコントロールユニット)を取り上げて、プラットフォーム戦略という点での、ボッシュとデンソーの違いを比較分析している。第5章や第6章の事例分析に比べると多少記述が散漫であり消化不良感が残るものの、プラットフォーム戦略の議論が適用可能な最近の事例を取り上げたという点で意義ある分析である。
 電子・情報通信産業における20年来の産業構造の転換をここまで統合的に説明した研究はこれまでなかったという意味で本書には高い貢献がある。また近年発展したプラットフォーム研究の流れを理解する上でも格好の書である。独自性の高い研究のお手本として若い研究者は本書から学ぶことが多いと思う。さらに実務家にとっても、プラットフォーム企業がとる戦略を読みとく力を養う上で有益な書であることは間違いない。自社がプラットフォーム企業にならなくても、プラットフォーム企業の戦略と産業の不可避な発展経路を理解することは、自社の中長期的な戦略を適切に策定する上では必須となっている。研究者だけでなく実務家が本書から学ぶことは多いはずである。
 本書が解明した産業転換のメカニズムには普遍性がある。それゆえ決して過去の現象として片付けられるものではない。特に、様々な産業に電子・情報通信技術が入り込んでいくにしたがって、同じような現象が今後ますます増えていくに違いない。最近の電気自動車や自動運転の進展にみられるように、伝統的な機械系産業の多くが今後、電子・情報通信産業と同じような産業転換を経験する可能性は高いだろう。そうした変化に備えて、能動的に対応するためにも、本書に描かれた現象とその背後にある原理的なメカニズムを理解することが必要である。
 本書に関してあえて難があるとすれば、産業転換のストーリー全体を様々な理論的視点から多様な手法を総動員して解明するため、内容的に盛りだくさんとなり、全体における各章の位置づけや鍵となる概念定義など、一読しただけでは理解しにくい点である。もちろん、全体をさらっと読み飛ばしても筆者の言いたいことの大枠は理解できる。しかし、本書のもつ貢献を読み解くには、時間をかけて何度か読みかえすことをすすめたい。
 また、本書は決して厳密な意味での仮説検証型の研究ではないが、先に仮説を提示する形でまとめられていることから、その検証プロセスに疑問をもつ研究者もいるかもしれない。しかし、本書の優れた点は、個々の定量的な検証プロセスの厳密性にあるのではない。現場に深く入り込んだ定性分析と、現実を反映した独特な指標化による定量分析を組み合わせて、産業転換を引き起こすメカニズムの全体像を示したことにある。本書は、現実世界への適用性を重視する経営学的研究として優れた著作である。

書斎の窓
2018年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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