矢部太郎 大家さんが亡くなって「僕は空っぽ」 芥川賞作家・村田沙耶香との対談で明かす

対談・鼎談

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地球星人

『地球星人』

著者
村田 沙耶香 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103100737
発売日
2018/08/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大家さんに、村田さんの作品を読んでもらいたかった 村田沙耶香×矢部太郎対談

[文] 山内宏泰

『大家さんと僕』が大人気のカラテカ・矢部太郎さんはたいへんな読書家ですが、芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの『コンビニ人間』を読んで以来、村田作品の魅力にハマってしまったとのこと。芥川賞以来2年ぶりの新作『地球星人』を読まれ衝撃を受けた矢部さん。「僕なんかで大丈夫かな……」と緊張しながらも、お話しできるのを楽しみにしていた村田沙耶香さんとの対談が実現しました。村田さんも実はたいへんな漫画好き。好きな漫画のこと、ぼんやり過ごす時間の話などで盛り上がった会話を、矢部さんが“村田沙耶香さんと僕”として描き下ろしてくださいました。会話とマンガ、両方あわせてお楽しみ下さい。

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矢部太郎さんと村田沙耶香さん
矢部太郎さんと村田沙耶香さん

村田沙耶香(以下、村田) 『大家さんと僕』、読んでいて本当に楽しかったです。ほのぼのさせられるだけじゃなくて、戦争中の疎開経験の話や、昔はホタルがいた川の光景など深く考えさせられたり、なぜか思わず泣いてしまう場面もあって、感情が大きく揺さぶられました。

矢部太郎(以下、矢部) お笑い芸人の僕としては、読者に爆笑してもらおう! というつもりで描いたんですけど、その点ではまったく目的が達成できていません。でも、「クスッときた」とか「ほっこりした」と言ってもらえることもあるので、じゃあもうそっちの路線を狙ったことにしておこうかと(笑)。

村田 大家さんのささやかな言動や心の動きを、ひとつずつ掬い上げる矢部さんの丁寧なまなざしが、この作品をつくり上げているんでしょうね。だって雑な人だったら、年配の方から伊勢丹が好きと聞かされても、「へえ、そうなんだな」と聞き流してしまいそうじゃないですか?
 矢部さんはそうせずに、大家さんにとって伊勢丹がいかに特別な場かということをしかと受け取め、表現している。大切なものを一つひとつ共有していくおふたりの営みが、美しいなと思いました。
 大家さんと本の貸し借りをしていたエピソードもありますね。大家さんが「ハレンチよね」と読んだ感想を述べるシーンが出てきます。あの本っていったい何だったんですか?

矢部 あれは村上春樹さんの『1Q84』Book1です。田中慎弥さんの『共喰い』を読んだときも同じことを言っていました。村田さんの作品も、読んだら「ハレンチ」と言われたかもしれません。

村田 ぜひ手にとっていただきたかったです。

矢部 そうなんです、もう叶わなくなってしまいました……。この八月に亡くなられたので。本当はもっと、もっと聞きたいことがあったのにと、今になって思います。人がいなくなるっていうのは、膨大な何かが本当にきれいさっぱりなくなってしまうことなんだなと実感しています。

矢部太郎さん
矢部太郎さん

『地球星人』にすごく遠くまで連れて行かれてしまった

矢部 以前から村田さんの作品はよく読ませていただいてました。最初に『コンビニ人間』で衝撃を受けたんです。そのあと読んだ『殺人出産』もすごいお話で、ずっと圧倒されっぱなしでした。そしてもちろん新刊『地球星人』も! めちゃくちゃおもしろかったです。
 今回お会いできるということもあって、『地球星人』を丁寧に読もうと思い、最初は気になったところに付箋をつけていったんです。主人公の奈月が祖父母の家に行って、たくさん集まる親戚の名前を全然覚えられないところとか、田舎の家は動物の匂いがすると愚痴るところとか、「ああ、あるある」なんて言いながらペタペタと。
 でも途中からストーリーにあまりに夢中になってしまい、付箋を貼ることなんてすっかり忘れてしまった。ここにその本がありますけど、前半の五十ページくらいしか付箋がついていません。

村田 そんなにしっかり読んでくださったなんて、とてもうれしいです。

矢部 読み終わったときにすごく遠いところまで連れて行かれたかのような気持ちになりました。しかも、たしかに遠くまで行くのだけれど、そこへ至る道筋がすんなり納得できて気持ちいい。この状況だったら誰でもそうするよね、というごく自然な場面が連なっていくから、無理やり遠くへ引っ張り出される感覚がないんです。
 きっと、すごく細かく深くまで考えて書かれていらっしゃるのではないかと思いました。すべての通り道をいったん想定して、「こっちかな? やっぱりこっちだ、これしかない」と進む方向を厳密に決めているのではないですか?

村田 すてきに推理していただいたんですが、残念ながら私は、頭の中で見取り図をつくったりあらかじめストーリーを立てるタイプじゃないんです。作中で起こることや話の行き先は、じつは私にもよくわかっていなくて、それを決めるのは登場人物なんです。作家にもいろいろタイプがありますが、私の場合は、自分でも物語の行き先をコントロールせずに書いています。

村田沙耶香
村田沙耶香さん

小説を書く前に、何故かまず似顔絵を描く!?

矢部 えっ、書いているのは村田さん、ですよね? ご本人なのに話の行き先をご存じじゃないって……、どういうことなんだろう……。

村田 私はいつも、結末も話の展開も決めずに書いていきます。この人たちはこうするしかないだろうという方向に、書いている自分が引きずられていくような感覚なんです。だから今回の『地球星人』も、ああいうラストになるとは私自身まったく知らなかったんです。あー、なんだかヘンなところに来てしまったなとは思いましたが。

矢部 ええっ! あんな衝撃的なラストなのに、書いた人もまったく想定していないなんて……。そんなこと、あり得るんでしょうか!? じゃあ、書き始めるときの頭の中は、何もない状態なんですか?

村田 『地球星人』の場合は、長野を舞台にしようということだけを決めて出発しました。舞台を決めたら次に主人公や主な登場人物の似顔絵を描きます。髪はこれくらいの長さで、こんな洋服を着ていてとか、好きな食べ物や身長まで、細かく決めていくんです。

矢部 舞台は長野ってだけであの展開になるとは、びっくりですよ! しかも、最初に似顔絵を描くって、それもまたびっくり! これから小説を書こうというのに?

村田 あれこれ決めていくと、この人はこんなとき、どんなことをしゃべるかというのが頭の中で見えてきます。あの人がいたらこう言うに決まっているとか、このふたりが顔を突き合わせたらきっと口論になるだろうなとか。泥だらけになってザリガニをとる場面があったとして、いつもデパートで買った服を着ている子がいたら、「私は服が汚れるからイヤ、やらない」って言うだろうなってわかりますよね。

矢部 なるほど……言われてみれば。でも、そんなに細かく設定していくのって、めんどうじゃないんですか?

村田 いえ、そこが何より楽しくてしかたないんです(笑)。

矢部 僕は八年間住みながら、一緒にお茶したりご飯を食べたり出かけたり、日頃から大家さんのいろんな姿を見たり話を聞いていたからなんとかあの漫画を描けたんです。そうでなければひとコマも描けなかったと思います。でも、村田さんはすべてを想像によってつくり出してしまう──。それが作家さんの力というものなんでしょうね。

村田 どうなんでしょう。ちゃんと結末や話の全体像を考えておいて、きちんと設計図みたいなものをつくったうえで書く素晴らしい作家さんもたくさんいらっしゃいます。書き方や話のつくり方は、かなり人それぞれみたいですよ。

『地球星人』村田沙耶香[著]新潮社
『地球星人』村田沙耶香[著]新潮社

「ぼんやりのしかた」って、こんなに違うんだ……

矢部 人物や物語をイチから想像するってやっぱりすごいことです。僕はそういうことが全然得意ではありません。そもそも、空想をほとんどすることがありません。

村田 そうなんですか? じゃあ、ぼんやりしているときって何を考えているんですか?

矢部 えっ……、何だろう……たぶん何も考えていないと思います。目の前のものをひたすら見ているだけ……。机の角がちょっと削れていていい感じだなとか、窓からの光と床の色がいい感じだなとかかなぁ。まとまった考えを思い浮かべたりなんてしていません。そういうものじゃないんですか?

村田 それはきっとすごく正しい「ぼんやりのしかた」ですね。私は逆に、目の前のものをちっとも見ていないし聞いていない。学校の授業でも、つまらないとすぐ空想の世界に入ってしまい、勝手につくり上げた先生に架空の授業を延々とさせたり。それで結局、目の前のことをぜんぜん把握していなかったりするので、ちゃんと観察力のある人がうらやましいです。

矢部 人によって「ぼんやりのしかた」って、こんなに違うんですね……。

村田 矢部さんは「よく見る」人なので、大家さんのことも細かくいろいろ気づいて、漫画にできたんでしょうね。絵もシンプルなのによく人やモノの特長を捉えていて上手ですし。作中に出てくる伊勢丹のあの立体的な感じなんて、すごくよくわかります。

矢部 伊勢丹は、思わず描きたくなる形をしていますよね。でも絵自体にはぜんぜん自信がないんです。完全に自己流ですし、スラスラ描けたことなんてなくて、iPadで描いてるんですけど、毎回100回くらい描き直しています。

村田 小さいころから漫画を描くのがお好きだったとか?

矢部 父が絵本作家ということもあり、遊びで絵を描いたりはしましたが、漫画を描くことはなかったです。あ、でも、読むのは大好きでした。手塚治虫さんの『火の鳥』が特に好きで、何度も読み返しました。村田さんは昔から絵は描いていたのですか?

村田 小学3、4年生のころまでは漫画を一所懸命描いてました。でも、どうしても左向きの人物しか描けなくて、挫折しました。文章ならもう少し思うまま書けるかもしれないと、小説のほうに向かいました。
 その後も漫画を読むのはずっと好きでした。『火の鳥』にも夢中になったし、あとは清水玲子さんの『秘密』とか。死体の脳の見た光景を元に凶悪な事件を推理していく、とても面白い話です。

『大家さんと僕』矢部太郎[著]新潮社
『大家さんと僕』矢部太郎[著]新潮社

「世界初」の発見がある村田作品のユーモア

矢部 漫画好きなこととも関係があるのでしょうか、村田さんの小説には全編にわたってユーモアがあふれているところが僕は好きです。そのおかげで読みやすさもぐっと増している気がします。

村田 ユーモアがあると言っていただけるのはすごくうれしいです。人間って、ちょっとヘンだけどそこがかわいらしかったりもする。そのあたりがうまく描き出せたらいいなとは、いつも思っています。
 以前の作品はもっとシリアスな雰囲気だったんですが、『殺人出産』あたりからユーモアみたいなことを意識するようになりましたね。『コンビニ人間』はそこに挑戦した作品でもありました。

矢部 村田さんのユーモアには「世界初」の発見が含まれていたりするのもすごいと感じています。たとえば『地球星人』で、主人公の奈月が久しぶりにいとこと顔を合わせると、「自分のいとこだということはわかるが、顔のパーツが前より顔の端っこまで散らばっている感じがした」りする。顔のパーツが散らばるって……(笑)。こんな表現初めて読んだし、思いもよらない考えじゃないですか。「発見」としか言いようがありません。
 それでいて、「僕も前からそう思ってた!」と感じさせるところもあるのが不思議です。僕もかつてコンビニでアルバイトしていたことがあるのですが、『コンビニ人間』の主人公の古倉さんのように、店舗がひとつのシステムとして機能していることに自分も快感を覚えていたりしたものだ! とつい錯覚してしまいました。当時はそんなこと考えていたわけもないのですが。そのような不思議なことが、村田さんの作品を読んでいるとしばしば起こります。

村田 そういうのも、登場人物が思いついたりみずから行動してくれるおかげです。顔のパーツが散らばっているという見え方なんかも、私個人の目で眺めていたらそんなことは起こらない。『地球星人』の奈月の視点から世界を眺めて初めて、そういう表現が出てくるんです。私自身がずいぶんぼんやりしているぶん、登場人物が過敏にいろいろ気づいてくれるんでしょうね。

悪い大人に惑わされずがんばりたい

矢部 最近よく「次は何を描くんですか?」と聞いていただいたりするんですが、大家さんが亡くなってしまって、連載もお休みさせていただいています。『大家さん』以外のことでも何か描いていければとは思っているのですが、まだ具体的には思いついていなくて。僕自身はほぼ「空っぽ」なんです(笑)。

村田 たしかに読者の側からすると、勝手に「もっと読みたい、まだまだ矢部さんの作品が読みたい」と思ってしまいますけど。でも、これまでせっかく楽しんで描いていたものを、義務感で描くようになってしまうのは悲しいです。無理せずいてくださるのがいちばんです。
 あんなすてきな作品をつくってしまうと、この先いろんな依頼がたくさん舞い込むでしょうし、きっと悪い大人だって寄ってきますよね。惑わされず、これまで通り自由に好きなものを描いていっていただけるのが、作品の一ファンとしてもいちばんうれしいです。

矢部 ああ、具体的で有益なアドバイスをありがとうございます。悪い大人につかまらないようにがんばります(笑)。
 村田さんのその他の作品を僕はまだすべて読破できていないから、これからコツコツ読んでいけるのが楽しみです。でも着々と読んでいくつもりなので、すべて読み終えてしまうのにきっとそれほど時間はかからないはずで、そうしたらすぐ新作が読みたくなるので、それまでに新しい作品を書いていただけますか?

村田 はい、じゃあ矢部さんが全作読み終わるまでに、なんとかがんばって書いておきます(笑)。

矢部 ありがとうございます! 僕も村田さんにまた楽しんでもらえるような漫画を描ければいいなと思っています。

矢部太郎さん描き下ろし 「村田沙耶香さんと僕」
矢部太郎さん描き下ろし 「村田沙耶香さんと僕」本編はこちら

構成=山内宏泰

Book Bang編集部
2018年10月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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