愛すべき植物の世界 『愛なき世界』三浦しをん

レビュー

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愛なき世界

『愛なき世界』

著者
三浦しをん [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120051128
発売日
2018/09/10
価格
1,760円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

愛すべき植物の世界

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 何かに打ち込む人を描かせるならこの人、というのが三浦しをん。『愛なき世界』は植物の世界に魅せられた個性豊かな面々が登場する。

 料理人を目指し、東大を彷彿させるT大学の付近の洋食店で見習いをして働く青年、藤丸陽太。店の常連客には大学関係者も多く、なかでも出前もよく注文してくる理学部の教授や学生たちとは、すっかり顔なじみに。彼らが専攻するのは植物学。藤丸はほどなく、“モデル植物”といわれるシロイヌナズナを愛する院生、本村紗英に恋をする。しかし彼女は研究に夢中で恋愛に興味なし。それでもアプローチを続けていくうちに、藤丸も植物の世界に惹かれていく。

 研究室では実験に何かと爪楊枝を使用する、容器の内壁についた水分を振るい落とすためのCHIBITANという装置があるなど、素人にとっては「へえ」と思わずにはいられない細部をユーモラスに盛り込みながら、植物学の世界に誘ってくれる本作。本村が取り組む研究や、その実験過程においてぶつかる壁なども、理系が苦手な人間にも理解できるように丁寧に物語のなかに溶け込ませている。感情を持たない、つまり“愛なき”植物の世界を、愛情たっぷりに描き出しているのが魅力。

 人の役に立たせるため、あるいは功績を残すためといった目的ではなく、単に「好きだから」という理由で研究に取り組む人々の純粋さと熱情は、「自分にもここまで打ち込めるものがあったら」と思わずにはいられない。料理の道を目指す藤丸が彼らに共感を寄せるのも納得がいく。

 クスクス笑いながらも、いつしか地道に何かを追求する尊さに圧倒されている自分がいる。研究者と植物に対して、愛があふれる一冊である。

光文社 小説宝石
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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