平家の憎しみと復讐を圧倒的な筆力で描く 『龍華記』 澤田瞳子

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龍華記

『龍華記』

著者
澤田, 瞳子
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041072158
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

平家の憎しみと復讐を圧倒的な筆力で描く

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

「興福寺中金堂再建落慶記念」として書かれた作品だが、作者の圧倒的な筆力は、そうした企画ものにありがちな安易さを逆手にとって、平家によって運命を翻弄された人々の姿を、これでもか、というように紙幅に刻みつけている。

 その翻弄には、文字通り、流転の人生に堕とされた者もいれば、精神的な彷徨もある。

 軸となる人物は三人。腹黒い興福寺別当信円。彼の従兄弟にして、悪左府・藤原頼長の末子でありながら、悪僧(僧兵)として身を置く範長。彼は、南都を支配する目的でやってくる検非違使(けびいし)らを血祭りにあげたため、平家による南都焼打ちという大惨事を招いてしまう。あのとき、自分がもう少し慎重に行動していたら――焼け爛(ただ)れた屍の山と南都を見るたびに彼の心は、奈落に落ちる。そして三人目は仏師・運慶。彼は当初、数々の仏像を焼失させるきっかけをつくった範長を憎むが、やがて奇妙な友情で結ばれるようになる。

 平氏と源氏の興亡を背景に、現代風にいえば、その戦乱は非戦闘員にまで及び、あたかも現代のテロを見るようである。特に後半、平家に縁があったという理由で、一人の女人と子供たちが焼き殺されるシーンは、読んでいて、いてもたってもいられなくなる。作者は時として作中人物に残酷にならなければならない場合があるが、澤田瞳子の場合、まったくためらいがなく、やわな男性作家の比ではない。

 作中には現代のテロに通じることばがたびたび記されるが、その中で最も心に残るのは――「怨みごころは怨みを捨てることによってのみ消える」ではあるまいか。作者はその後で「長い時が経てば、いつか遍(あまね)く衆生等しくこの言葉を口にする日が来るのだろう」といっている。力作という他はない。

光文社 小説宝石
2018年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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