36年ぶり全米図書賞翻訳部門、でも肝心の翻訳者の名がない…〈トヨザキ社長のヤツザキ文学賞〉

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献灯使

『献灯使』

著者
多和田 葉子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062937283
発売日
2017/08/08
価格
715円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

36年ぶり全米図書賞翻訳部門、でも肝心の翻訳者の名がない…

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 不肖トヨザキ、子供の頃から海外文学を好んで読んできたのですが、帯に「○○文学賞受賞」と記してあれば、必ず購入するようになったのは二十代以降でしょうか。なかでも、全米図書賞、全米批評家協会賞、ピューリッツァー賞(以上すべてアメリカ)、ゴンクール賞(フランス)、ブッカー賞(イギリス)はマスト。受賞作にハズレなしの素晴らしい文学賞なんであります。

 そのひとつ、全米図書賞が本年度から設立した翻訳文学部門の第一回を、マーガレット満谷が翻訳した多和田葉子の『献灯使』が受賞したってんですから事件です。フィクションのみを対象とした翻訳部門は、実は一九六七~八三年に存在していて(再設された翻訳文学部門は、フィクションだけでなくノンフィクションも対象)、八二年には樋口一葉『たけくらべ』と、リービ英雄が翻訳した『万葉集』が受賞しているため、今回の多和田さんの受賞は、日本の文学作品としては三十六年ぶり。

 実に、めでたい。しかーし、日本のメディアが「多和田葉子の『献灯使』が全米図書賞を受賞」という情報しか発信せず、それが翻訳文学部門であり、翻訳者がマーガレット満谷であることに触れている報道が少なかったのは、残念です。Twitterで、翻訳家の岸本佐知子さんが満谷さんの英語訳がどんな風に素晴らしいか、具体例を挙げながら讃えたり、複数の翻訳家が「マーガレット満谷さんの名前を記事に出さないのは、どうしたことか」と不満の声を上げたりしたのは、我が意を得たり。

 もちろん、多和田さんの作品も素晴らしいんですよ。物語の舞台は、大災厄に見舞われた後、鎖国状態になり、民営化された政府によって混迷のさなかにある日本。三・一一以降の「今ここにある危機」を描いたディストピア文学であるにもかかわらず、なぜか読んでいると軽やかな気持ちが生まれ、元気がもらえるという不思議な読み心地をもたらす作品なんです。

 今回の慶事をきっかけに、マーガレット満谷さんのような翻訳家によって、日本の素晴らしい小説がもっと世界中に紹介されるよう願わずにいられません。

新潮社 週刊新潮
2018年12月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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