“難物”だが、今月一番目立っていた『文藝』の「ススト」
[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)
今回の対象は文芸誌2月号だが季刊の『文藝』は春号となる。『文藝』は現在もっとも小説にページを割いている文芸誌で、今号も200枚級の読み切りを5作も載せている。
その『文藝』の一篇、岸川真「ススト」が今回は目立っていたが、難物である。
これから物語られる物語の作者である「僕」が、野球の硬式球を「地球を一周しろ」と放り投げ、「白い球が地球を巡る物語を思い浮かべ」たことで虚構が開始される。バッティングセンターで打ち損じた「僕」の右親指を潰した球だ。
ドン・デリーロ『アンダーワールド』でサヨナラホームランのボールがアメリカのすべてを繋げていたように、「ススト」の白球もある現象を司っている。その現象とは、殺人、殺戮および世界の破滅である。
自殺しても殺されても死なない《彼》を映した一連の動画がウイルスのように世界中の人々を冒し、「トライアル」と呼ばれる死のパフォーマンスが蔓延している。動画やインタビューに映る《彼》の手には白球が握られている。殺人や殺戮が起きる現場には予兆のように白球が飛来する。
佐世保市女子児童殺害事件など現実も取り込み、世界は黒沢清『回路』あたりを思わせる色調のカタストロフに向かう。……向かうのだが、あらかじめメタフィクションであることが告げられており、登場人物たちは、世界の不自然さ、自分たちの役割のご都合主義ぶりに困惑している。作者「僕」もラスト間際、ある儀式のつもりでこの物語を書いたが「見事にしくじった」と漏らす。だが、破綻を踏まえてなお、物語は語り続けられるのである。
彩瀬まる「森があふれる」、中山咲「宝くじ」(ともに文藝)、小佐野彈「車軸」(すばる)、村田沙耶香「信仰」、青木淳悟「憧れの世界」(ともに文學界)はいずれも、つかみは良いが失速した印象。すばるクリティーク賞受賞作は赤井浩太「日本語ラップfeat.平岡正明」。青臭く挑発的な筆致で話題だが、楯突く若者を生暖かく見守る年長者というありがちな構図に収まってしまいそうな予感がしないでもない。