美智子さまの素顔と知られざる秘話、長年の親友が明かす

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根っこと翼 皇后美智子さまという存在の輝き

『根っこと翼 皇后美智子さまという存在の輝き』

著者
末盛 千枝子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103400226
発売日
2019/03/29
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

美智子様の素顔と輝きに触れて――末盛千枝子『根っこと翼 皇后美智子さまという存在の輝き』

[レビュアー] 中川李枝子(児童文学作家)


美智子さまと末盛さん

 この箱には特に大事な写真がしまってあるの。その一枚が、この世で私が一番好きな二人の女性――皇后美智子様と石井桃子さん。美智子様が石井さんのかつら文庫にいらした時に撮られたものです。

 美智子様とは平成になった直後、聖心女子大で美智子様の一年上級生だったお友だちを通じて、妹の山脇百合子も一緒にお会いしました。美智子様は私の本の愛読者でいらして下さり、特に妹の絵はお気に入りで、お会いして、二枚、額に入れて差し上げたのです。そういえば皇太子様がお小さい頃、軽井沢の駅で、『ぐりとぐら』を抱えていらっしゃるスナップ写真が女性週刊誌に載ったことがありました。

 私が美智子様から陛下にご紹介頂いた時、陛下はすぐ「ああ、ゆうじくんね」と懐かしそうに絵本『そらいろのたね』の主人公の名をおっしゃったので、びっくりしました。お子様方の絵本をよくご存知で、ご家庭におけるよきお父様ぶりが窺えて嬉しくなりました。

 美智子様が読書家でいらっしゃることは誰もがよく知るところですが、そのきっかけになったとも言えるのが、一九九八年にインドのニューデリーで開催されたIBBY(国際児童図書評議会)での、ビデオ講演でした。のちに『橋をかける 子供時代の読書の思い出』というご本になりますが、それを手掛けた編集者が末盛千枝子さん。この新刊『根っこと翼』という内容にぴったりのすてきなタイトルは、文中のお言葉の一つです。幼い頃から本によって時に楽しみを得、時に励まされ、時に悲しみや絶望を知った美智子様は、読書というものが悲しみに耐える「根っこ」と希望へと飛翔する「翼」を与えてくれたとおっしゃっています。美智子様のお人柄を深いところで知ることのできる実に素晴らしいご講演で、今また、改めて多くの人々に読んで欲しいと思います。

 決してむずかしいことはおっしゃらず、ひとことひとこと心を込めて語られるエピソードの数々は、美智子様と三十年来の親しいご関係あってこその末盛さんだからお書きになられたし、編集者として書かずにはいられなかったのではないでしょうか。

「母と娘」という章では、ご長女・黒田清子さんとの微笑ましいやりとりがさりげなく綴られています。アリとキリギリスの話をお二人でされていたとき、美智子様がご自身を「私はやはりキリギリスね」とふとおっしゃった。すると清子さんが楽しそうに笑われながら「そう、そう、やっぱりアリではいらっしゃらないのね。でも……キリギリスだけとも違うし。ああ、一所懸命アリになろうと努力しているキリギリス?」と返されたというお話には、私も思わず笑ってしまいました。美智子様のご性格の中には、優等生だけではおさまらないユーモアのセンスもたっぷりおありで、清子さんはお母様が大好きでたまらないのがよくわかります。清子さんのご結婚の際に美智子様が詠まれた御歌が引用されています。

 母吾を遠くに呼びて走り来し汝を抱きたるかの日恋ひしき

 他にもたくさんの御歌が引用されていますが、その選び方も末盛さんならではの見事さがありました。それに、いま挙げた御歌からだけでもわかるように、美智子様の御歌はあたたかくお優しいお人柄がそのまま表れていると私は感じています。東日本大震災の後、二〇一二年の元旦に発表された御歌を新聞で拝見したときなど、思わず書き写しました。

「生きてるといいねママお元気ですか」文に項傾し幼な児眠る

 津波で両親と妹を亡くした四歳の女の子が、母に宛てた手紙を書きながら寝てしまった写真をご覧になって詠まれたもので、小さな体でその悲しみを背負う少女へそっと寄り添われるお気持ちがよく伝わってきます。

 お輿入れのときの大きなパンダのぬいぐるみのこと、陛下が誘って下さってダンスを踊られたことなど、陛下との仲睦まじいお話も多く綴られていて、改めてお二人はまさに「理想のご夫婦」と感動しました。平成から令和へのこの時期このタイミングで、美智子様という方の存在の輝きをあますところなく書き切って下さった末盛さんに、「ありがとう」と申し上げたいです。

新潮社 波
2019年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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