中江有里「私が選んだベスト5」

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  • 東京の子
  • 根っこと翼 皇后美智子さまという存在の輝き
  • 宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー
  • 界
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中江有里「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 藤井太洋『東京の子』は東京オリンピック後が舞台。他人の戸籍を買い「仮部諌牟(かりべいさむ)」として生きる主人公は、職場に来なくなった外国人労働者を連れ戻す仕事をしている。ある日オリンピック跡地に生まれた働きながら学ぶ学校「東京デュアル」に潜入し、行方不明のベトナム女性を探すことになる。

 ほんのちょっと先の日本を鮮やかに描き、切実な雇用形態の変化に切り込みながら働き方改革、教育問題に揺れる現代へ一石を投じる。かつてパルクールパフォーマンスの動画配信で人気を博し「東京の子」と呼ばれた「仮部」が本来の自分を取り戻していく成長小説でもある。彼の驚異的な身体性が文体を躍動させ、爽快な読後感をもたらす。

 末盛千枝子『根っこと翼』。人々の悲しみに寄り添う「根っこ」と、希望へと飛翔する「翼」――被災地、戦争の跡地、ハンセン病……傷ついた人々に思いを寄せるお姿はメディアを通して拝見していたが、そのお心に本書で初めて触れた気がする。読書から「根っこ」と「翼」を得てきた幼少時代を経て現在へと至る素顔と貴重な秘話に心洗われる思いがした。

『博奕のアンソロジー』は十人の作家が博奕をテーマに描いた短編集。桜庭一樹「人生ってガチャみたいっすね」の明るい筆致と「祈り」の概念に胸を突かれる。スリル満点で魅力的な物語群。

 藤沢周『界』。新潟、秋田、鹿児島……主人公の作家が訪ねた先で「異界」に迷い込む。文章の湿気、ざらつき、よどみにどっぷり身を沈める快楽。居ながらにして異界へと誘われた。

 片桐一男『鷹見泉石』は渡辺崋山の肖像画で有名な鷹見の本格評伝。古河藩の家老として藩主を支え、大塩平八郎の乱鎮定に活躍、隠居後は蘭学に没頭した生涯を本人の日記などを駆使して描く。

新潮社 週刊新潮
2019年5月2・9日ゴールデンウィーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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