2000万円なくたって大丈夫! 老後を豊かに生き抜くためのヒント

レビュー

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「身軽」の哲学

『「身軽」の哲学』

著者
山折 哲雄 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784106038396
発売日
2019/05/22
価格
1,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【著者インタビュー】後半生は重荷を下ろす。――山折哲雄『「身軽」の哲学』

[レビュアー] 新潮社


2000万円なくたって大丈夫! 肩の荷を下ろして、ボーッとしていればお金なんてかからないから。
西行、親鸞、芭蕉、良寛――みんな後半生はしがらみを捨てて自由に生きていた。
孤独を楽しみ、軽やかな自由の世界にあそんだ。『「ひとり」の哲学』に続く、心にしみる人生論を山折哲雄さんに聞いた。

涅槃体験

 一昨年の十二月、京都でのことでした。私は毎朝三十分ほど散歩をするのですが、自宅に戻った時、玄関でくらっときた。寒い日でした。急に暖気につつまれたせいですかね、眼が回って尻もちをついてしまった。そのまま、ふっと意識が遠のき、気がついたらもう起き上がれなかった。主治医によると軽い脳梗塞で、原因は心臓の心房細動による不整脈、血栓が脳に飛んだのだそうです。結局、心房細動の患部を焼く手術を受けて、わずか三日ほどでご帰還と相成りました。

 しばらく家でボーッと過ごしていて、あることに気づいたんです。私は、若い頃からけっこう病院の世話になっている。しかも、命を落としてもおかしくない大病に。小児喘息になって以降、十二指腸潰瘍、急性肝炎、慢性肝炎、急性膵炎……。すべて、鈍痛、激痛、疼痛をともなう、いずれも消化器系の病でした。

 ところが今回は循環器系のそれで、重苦しい痛みはまったくなかった。意識が薄くなって、呼吸も弱くなる。身体全体が宙に浮くような、「ああ、このまま死ねたら」と、思わせるような、語弊があるかもしれませんが気持ちのいいものだったんです。「涅槃」と同じだなと思った。実際、そのまま、この世からおさらばする人もいるわけですよね。その時、「存在の軽さ」の素晴らしさ(?)を体感したわけです。

 倒れた時は八十六歳。その数年前から、「身軽になりたい」という思いが強くなっていました。私は長い間、書籍に囲まれて生きてきた。そうした、大量の書物がだんだんと「重苦しく」感じるようになってきたんです。かつては友好関係にあった本たちなのですが、ずしりと両肩にのしかかる重荷のようになってきた。

 七十代、八十代になって気づいたんです。書物から得たものは「かぶれ」でしかないのではと。思想は必ず書物を通して私のもとにやってくる。じゃあ、それらは自分の血肉にきちんとなっているのかと問うと必ずしもそうじゃない。マルクス主義、構造主義、フロイト主義、無神論、さまざまな知識が私を通り過ぎていった。でも、そうした思想は、今の私を支える軸にはなっていなかったんです。

 そうして、数年前から私は自分の手元から本を手放すことをやり始めた。最後に残ったのが、親鸞全集、長谷川伸全集、柳田國男全集。けれども、それらも昨年、知り合いに引き取ってもらいました。長年、苦楽をともにした「全集」が私の手元から離れていく。さぞかし寂しい気がするのではと思ったのですが、意外にそんなことはなかった。部屋に空間もでき、何だかすがすがしい。解放感に包まれた、「身軽」な気持ちなんですね。そして、その感情は、まったく悪くなかった。これでいいんだ、これでいいんだと思った。

 まだ、残っているのが辞書類です。それも、この夏までには知り合いに譲ろうと思ってます。国史大辞典、平凡社の百科事典、諸橋轍次さんの大漢和辞典。本当にこれで大物が私の書斎からなくなっていく。重たい知識よ、さようなら、です。

 処分することによって「ゼロ」にはならないところが、たんなる断捨離とはちがう。わずかながらでも、本当に血肉となった知識、思想のかけらまでを放り投げることはできないですから。それはそれでいい。

西行、親鸞、芭蕉、良寛だった理由

 鎧を捨てたい、捨てようと思いつづけていると、私の眼前に自然に現れたのが、今回、書いた四人だったんです。西行、親鸞、芭蕉、良寛。鎌倉から江戸まで、それぞれに生きた時代に幅がありますが、この四人は私に共通のメッセージを送ってくれていた。「重たいもの」を脱ぎ捨て、「軽み」の世界にやって来い、と。

 西行は平安貴族の出で、しかも高級武士の教養もあった。すばらしい人脈もありましたが、二十歳を過ぎてから、そうしたいわば「重たい」世界からすっと離れて「うた」の世界に入っていった。

 親鸞は九歳で出家得度し、比叡山で修行しています。論文『教行信証』に力を注ぎますが、流罪にもなり、つらい経験をします。やはりそれらの「重たい世界」から逃れようと、もがいた末に、和讃という「うた」の世界に向かっていく。

 芭蕉は、長い散文は書きませんでしたが、蕉門十哲といわれる弟子をしたがえ、それなりに重たい荷物を背負っていた。旅に出て俳句をつくり続け、ついに「軽み」の世界へ入っていった。

 良寛は曹洞宗の僧侶。国仙和尚という師を得て修行に励みますが、和尚の死後は諸国を旅するようになります。内閉の生活から解放への転換ですかね。修行の世界から歌の世界へ、これも「軽み」の世界に入っていった。

 彼ら四人に共通することは、旅したこと、そして「うた」をつくったこと。若い頃は、それぞれに抱えた世界があって四苦八苦するのですが、のちの「林住期」に入ると、鎧を脱いで、旅に出て、言葉探しをしたんです。

 自然という沈黙の空間の中で言葉を探す。その時、決定的な言葉に出会う。それが、気持ちよかったんでしょう。

 人生は寂しさに満ちている。九割は悲しみじゃないですかね。その、寂しさ、悲しさに身をさらしたい、と思って旅をするんじゃないでしょうか。

 この四人は、私の人生の節々に、現れてきたんです。私は岩手県花巻の浄土真宗の寺の息子でした。だから、物心つく前から親鸞の教えを父から受けてきた。深層には親鸞がいるわけです。寺は継がなかった。東北大学に進学し大学院にも行った。「親鸞」を研究し認められてアカデミズムの道に進めればよかったんだろうけど、そうはならなかった。結局、出版社に就職。筆で食べて行きたい気持ちもあったが簡単ではない。苦労しましたね。金もなかったし、冒頭で触れたように大病もした。その頃にね、西行が気になった。私とはまったく逆で、恵まれた環境、人脈を持ちながら、二十歳を過ぎてそうした世界を捨てた。この男には、どうしてそんなことができたんだろうと魅力を感じたわけです。歌があったんですね。歌の向こう側の世界に自由があると、西行は確信した。

 低空飛行ながら、何とかアカデミズムの世界に進むことができました。四十代で非常勤講師ですよ。世はまさに学生運動の渦の中にあった。権威がゆらぎ、アカデミズムもゆらいでいた。そんなカオス化した社会があらわれてきたとき、芭蕉の俳句が不思議に魅力的に映ったんですね。カオスからの脱却ですよ。

 その三人に比べ、良寛はどこかちがってみえていました。もともと曹洞宗の僧侶で若い頃は修行に励んでいたんですが、きっかけがあり、旅に出て俳句や歌を詠むようになった。旅する良寛は私には飄々とうつった。「天上大風」などとうそぶいて、「一二三(ひふみ)」と絵のような、文字のようなものを書いて、ぶっ飛ぶようなところがあった。そんな、「身軽さ」がとても魅力的でした。

すばらしき妄想の時間

 最近はボーッとする時間が増えました。かつては、読書に割いていた時間の多くを、今ではボーッと過ごしている。いいですよ、あの時間。お金はかからないし(笑)。私はね、自分でその時間を「妄想の時」と呼んでいるんです。

 毎朝、三時ころに目がさめる。すぐには床から出ない。一時間ほど、ぼやっとしている。寝ているんだか、起きているんだか、自分でも分からない。しばらくそうして揺蕩(たゆた)う。するとね、アイデアがひらめいたりもする。実際に、その妄想時間から得たひらめきで、雑文のような、エッセイのようなものを書いています。

 そして、ゆっくりと起きる。身体を動かしたり、熱いお茶を飲んだりして、心身ともに目覚めていく。それからが執筆の時間になる。仕事はこの早朝だけ。

 朝食は七時ころ。一汁一菜。よく噛む。一時間くらいかける。その後は新聞読みです。ローカル紙を含めて三紙を時間をかけて読む。新聞読みは、今の僕にとって読書よりも大切だな。気になった記事は一字一句もらさずに読みます。その時間が三、四時間。で、昼飯となる。午後はよく、人と会う。大事に守っている三原則があるんです。それは、飲みすぎない、食いすぎない、人と会いすぎない。だから、人と会ったりするのも、なるべく調整している。パーティ、葬儀、偲ぶ会などは出ないことにしています。

 それで外出した後は、帰宅してから夕方までうとうとする。ここも、ボーッとする時間です。ボーッとした後は、頭がすっきりする。本当に気持ちいい。そして夕方になる。ひと風呂浴びて、夕食。晩酌は決まって熱燗を一合。このあたりは、「あとがき」に書きましたから、お読みください。とにかく、ここでも酔うほどに、妄想の世界に入っていく。そうして、私の一日は終わっていくわけです。

 これからの高齢者は、どこかで「覚悟」をすることが必要でしょうね。そうしないと「身軽の世界」に近づいていけないと思う。死の覚悟、つまらない世間とのつき合いをやめる覚悟、重病になったら余計な治療はしないという覚悟。なんでもいい。知識じゃなくて覚悟。運命の甘受。そうすると楽ですよ。

「ひとり」になってボーッとしてみる。そうすれば、いつしか軽い気持ちになれる。できたらそんな時間にそのまま、あちらの世界に旅立っていきたいものです。

※【著者インタビュー】後半生は重荷を下ろす。――山折哲雄『「身軽」の哲学』 「波」2019年6月号より

新潮社 波
2019年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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