『屑の結晶』
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犬と暮らして十四年
[レビュアー] まさきとしか
朝、自然にめざめることはほとんどない。七時前から犬が「ごはんちょーだい」と激しく起こすからだ。夏は、勝手にサマータイムを導入して五時から催促が始まる。犬と暮らして十四年、朝まで熟睡できたのは数える程度だ。
家でゆっくり食事することはほとんどない。犬の圧がすごいからだ。なぜもらえないと学習しないのだろう。ヒンヒンとせつない声を出し、「くれるって信じてるから」と目で訴え、膝に飛びのってくる。私は右手で箸を持ち、左手で犬を抱きながら大急ぎでメシをかっ込む。
犬を留守番させて外出することはほとんどない。誰といるよりも、犬と一緒のほうが幸せだからだ。犬も、まさかひとりにしないよね? という態度だ。私がトイレにこもっているだけで「そこにいる?」とのぞきにくるので、便秘や下痢にならないように気をつけなければならない。
日常で人としゃべることはほとんどない。ひとり者だし、ひとりでパソコンに向かう仕事だからだ。からといって、一日中むっつりしているわけではない。「ねむる(犬の名前)はほんとにかわいいねー」などと犬に話しかけるし、犬を見るだけで笑顔になれるため、孤独はまったく感じない。むしろ、満ちたりていて、他者が入り込む余地はない。
私の生活の中心には犬がいる。いちばん大切なのは犬で、いちばん好きなのも犬。何があっても犬がいるから幸せだ。
九冊目の小説『屑の結晶』の初校ゲラをチェックしたのは、犬にリンパ腫が見つかったときだった。再校ゲラをチェックしたとき、犬はもうこの世にいなかった。
犬が旅立って十日。まだ現実を受け入れられず、犬のいない世界に生きていることに呆然としている。
大切に想うものがいると、世界はこんなにもやさしく温かく、あざやかなのか。大切に想うものがいないと、世界はこんなにも無価値なのか。『屑の結晶』で書きたかったことを、いま私は自分のこととして感じている。