『望み通りの返事を引き出す ドイツ式交渉術』
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望んだ返事を引き出す。交渉術はミュンヘン・ビジネススクールに学ぼう
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『望み通りの返事を引き出す ドイツ式交渉術』(ジャック・ナシャー 著、 安原実津 訳、早川書房)の著者は、ミュンヘン・ビジネススクール教授(リーダーシップ・組織論)。
ドイツ語圏における、交渉のトップエキスパートとして評価されているそうです。
本書は、そうしたバックグラウンドを軸として、世界中の交渉術のノウハウを独自に体系化した書籍。ドイツにおいて、10万部を突破したベストセラーになった実績を持っています。
ところで交渉というと、なんだか難しそうにも思えます。
しかし、交渉するたびにいまよりいい結果を引き出せるようになれば、私たちの生活の質は確実にアップすると著者は断言しています。
どんな職業であったとしても、交渉の技術は障害を取りのぞき、個人のさらなる可能性を呼び起こす手段になってくれるのだとも。
交渉力のある人は、交渉において有利な立場にたつことがいかに重要かを理解し、自分が優位になる方法も交渉相手と即座によい関係を築く方法も知っている。互いの関心事を突き止めて、両者にとって最良の解決策を導き出せる。
最初のオファーを出すタイミングも、いつ口をつぐむべきかもわかっていて、客観的な基準を交渉に活用したり、相手が譲歩しやすいような「金の橋」をかけたりすることもできる。(「はじめに」より)
だとすれば交渉力は、やはりビジネスパーソンにとって不可欠なスキルであるといえそうです。
そこで、記憶にとどめておきたいメソッドを凝縮した本書のなかから、きょうはII「交渉中のコミュニケーション」中の5「感情を大事にしよう」に注目してみたいと思います。
反論しても得はしない
相手が攻撃してくるとしたら、その対象となるのはこちらの論理か、もしくは個人的問題かのどちらかだということになるでしょう。そして攻撃されれば、私たちはつい反論したくなるものでもあります。
「最初に仕掛けてきたのは向こうなんだから」と無意識のうちに考え、つい感情的になってしまったりするわけです。
しかし、反撃が功を奏することは滅多にないと著者はいいます。なぜなら反論された相手は、態度をいっそう硬化させてしまう場合がほとんどだから。
だいいち、仮にその小競り合いに勝てたとしても、結局は負けたも同然。そのころにはすでに、相手との関係は修復不可能なほどのダメージを受けてしまっているからです。
さらにいえば、そうやって感情的になるよりも大切なことがあるのだそうです。
相手から攻撃されたときには、あなた個人への攻撃を、あなたが非難を受ける原因となった問題自体への攻撃にすりかえられるような、新しい解釈を付け加えるといい。(114~115ページより)
たとえば、
「あなたは私が家族を全然かえりみないといいますが、私だって自分の一番身近な人たちと十分な時間を過ごせていないことを申し訳なく思っているんです。これからはしょっちゅう出張に出なくてもすむプロジェクトだけにかかわれるよう、最大現努力するつもりですよ」
というように。
ひどく腹をたてているときに口を開いても、ろくなことにはなりません。したがって、相手のことばに反応しないほうがいいという考え方です。
しかも感情は、少し時間を置かなければもとには戻らないものでもあります。そこで、交渉の場で怒りを感じたときには、深呼吸をして10まで数を数えることを著者は勧めています。
それでも怒りが収まらなければ、100まで数える。そうすれば、脳はまた冷静な判断ができる状態に戻るというわけです。
そうしているうちに、交渉相手にも冷静さが戻り、怒りもおさまっているはずだというわけです。(114ページより)
感情とうまくつきあう
感情をコントロールするというのは、感情をないがしろにするのとはわけが違うもの。
自分のなかにある感情を意識するのはかまわないとはいえ、問題は、感情と自分を一体化させてしまうこと。
「落胆しています」と口にするのと、「落胆を感じています」と訴えるのとでは意味合いが大きく変わってきます。
前者のいいかたにおいては自身の感情の犠牲になってしまっていますが、後者のいいかたの主役は自分。その差は決して小さいものではないということです。
「当社のオファーでなく、ライバル社のオファーが選ばれたので、悔しく思っています」というように、自分の感情は正直に告げてかまわない。ただし感情について話すときには、理性的な表現の仕方を心がけなければ、あなたの感情は相手にうまく伝わらない。 誰の目から見ても明らかなことがらに関しては、自分が感じていることをはっきりと口にしたほうがうまくいく。
例えば「いままでのところ、細かな点についてばかり話していて議論がまったく進んでいませんが、その原因はどこにあるのでしょう?」と言えば、交渉をまた軌道に戻すことができる。(117ページより)
交渉相手が感情的になっているときでも、冷静に、ビジネスライクな態度に徹することが重要。
常に自分の目標を忘れることなく、「感情的になったところでどうにもならない」ということを相手に理解させるべきだということです。
中東にはこんなことわざがある。「誰かに腹をたてるのは、その誰かが犯したミスのために自分自身を罰するようなものだ」(117ページより)
もしこちらが相手に腹をたてたとしても、怒りの原因は相手のふるまいにあるわけではないと著者。「相手のふるまいを、あなたが否定的に解釈するから腹がたつのだ」と主張しているのです。
ちなみにこの考え方について、著者はこんなエピソードを引き合いに出しています。
日曜のお昼どきに、あなたはテレビを見ながらのんびりとコーンフレークを食べたとする。空に近くなった食べかけのシリアルボウルは、すぐ目の前にあるリビングテーブルの上に置いてある。するとそこに妻がやって来て、ボウルをさっさと片づけてしまう。
それを見たあなたは、休日に気持ちよく時間を過ごすことすら許してくれないとは、なんてひどい妻だと腹をたてる。
あなたの怒りの原因は、ボウルを片づけるという相手の好意にあるのではなく、その解釈の仕方にあるのだ。(118ページより)
この場合、もしかしたら妻は、夫が完全にリラックスできるようにと気を遣い、かわりにボウルを片づけただけかもしれません。
ところが多くの場合、相手の行動に対して、相手の意図とはまったく異なる解釈を加えてしまうためにもめごとが起きてしまうわけです。
「相手の行動→自分の反応」ではなく、「相手の行動→自分の解釈→自分の反応」。いいかえれば自分の感情を引き起こすのは、自分の解釈だということ。
だとすれば、そこに注意すれば、無駄なトラブルを避けることができそうです。(117ページより)
本書で紹介されているテクニックを使えば、大きな交渉では大金が節約できるようになり、日常のちょっとした交渉ごとでも十分な成果を上げられるはずだと著者は記しています。
他者とのコミュニケーションをより円滑なものにするために、ぜひ読んでおきたい一冊です。
Photo: 印南敦史
Source: 早川書房