『アウア・エイジ(our age)』
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数々の謎がちりばめられた不思議な浮遊感に満ちた恋の物語
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
ミステリアスな女の造形、古い映画館、塔の写ったフィルム写真……いつまでもそこに居たくなるようなノスタルジアに満ちた小説。
主人公は四十を過ぎ、生き飽きた気分になった男と、死んだ女。
二十三歳の頃、映画館の映写技師のアルバイトをしていた「私」は、最初は客として、後にアルバイトとしてやってきたミスミに惹かれる。
「殺されるような女」と自称するミスミは、やがて本当に亡くなってしまった。
彼女の残した謎は「映写機の葬式」に参列した「私」が再び目にした塔の写真から呼び起こされる。
映像のデジタル化によって映写機は無用の長物となったが、過去に見た映画は映写機を通した画でいつまでも脳裏に刻まれている。「私」の中のミスミもまた、かつての姿のまま彼の中に棲み続けていた。
誰も時間に逆らうことはできず、年を重ねていく。生きている現実が空虚だから、過去へ戻っていくのだろうか。「私」は遡った若き日の思い、恋の苦さや痛みをもう一度味わう。それこそが生きる実感を取り戻すことなのかもしれない。
数々の謎はミスミを魅惑的にし、土下座すれば誰でもヤラせる「ルール」に徹する彼女に「私」は土下座できずに、ただ想いを募らせる。
自分と似た感性や共通項の持ち主に恋する人もいれば、全く違う考えの人に悩みながらも落ちる恋もある。二人でするはずの恋は独りよがりになりがちだ。そこへいくと彼女のこだわる「ルール」に怒るでもなく、自分を「おろか」だという「私」は、何一つ彼女を変えようとしない。そこに真の愛があるのだと思う。
不思議な浮遊感に満ちたラブストーリーは終盤、ミスミの人格形成の謎が明かされ、あらゆる伏線は回収され、物語は地に足がついていく。
ミスミのいないこの世で「私」の想いは成就しない。読後、心に宿った寂しさを抱きしめたくなった。