「読者が揺れ動いてくれればこの作品は成功」【『望み』映画化記念 原作者・雫井脩介インタビュー】

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望み

『望み』

著者
雫井 脩介 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041082096
発売日
2019/04/24
価格
748円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「読者が揺れ動いてくれればこの作品は成功」【『望み』映画化記念 原作者・雫井脩介インタビュー】

[文] カドブン

「犯人に告ぐ」シリーズなどのサスペンスから『クローズド・ノート』などのハート・ウォーミングな物語まで、多彩な作品世界で読者を魅了してきた雫井脩介さん。執筆時、これまで最も苦しみ抜いたという本作に、名手が託した“望み”とは?
10月9日(金)に映画公開を控える「望み」。原作刊行時の雫井脩介さんのインタビューをあらためてお届けします。
>>【関連記事】初共演! 堤真一×石田ゆり子【映画「望み」公開記念特別インタビュー】(9.28 更新)

■正反対の価値観のぶつかり合い

――『望み』は、両親と子ども二人のどこにでもありそうな幸せな家庭が、ある日、事件に巻き込まれる物語です。どのような意図で書き始められたんでしょうか。

雫井:KADOKAWAの編集サイドから依頼されたのが、家族をテーマに、ということでした。角川文庫に『クローズド・ノート』と『つばさものがたり』が入っていて、それら人のつながりや想いというものを扱った路線の延長線上で家族を捉えてみてはという感じだったと思います。ちょうど編集部でも結婚したり子どもができたりして、家族のあり方に興味を持つようになった人が多かったことも理由の一つだったようです。

――今年テレビドラマ化されて話題になった『火の粉』も家族がテーマのサスペンスでしたね。雫井さんの作品のなかで家族は重要な要素だと思います。

雫井:家族をテーマに、と言われてすぐに面白い話が思い浮かぶわけではないんですけど、自分のアイディアのなかで家族の物語として書けそうなものはないか、と考えたときに、この話があったんです。もともとは事件もののアイディアで、家族のうち一人が行方不明になる。加害者だから逃げているのか、それとも被害者になってしまったのか、わからない……。前二作の路線とは色合いが少し違いますけど、家族の話ではあるので、これを提案しました。

角川文庫『クローズド・ノート』『つばさものがたり』
角川文庫『クローズド・ノート』『つばさものがたり』

――物語は、建築家の一登が、顧客になりそうな夫婦を連れて、自分の家を案内するところから始まります。そこで一登は「家づくりの上で、何よりも優先して盛り込まなければならないのは、そこに住む人たちの生き方であったり、家族の形であったりということなんです」と住宅について語ります。家づくりと家族のあり方が重なって、物語に引き込まれていきました。家族の父親を建築家にしたのはなぜですか。

雫井:家族が事件に巻き込まれたとき、すぐに仕事に差し障りが出る自営業にしようと思ったことと、自宅と事務所を行き来するような仕事がよかったからですね。それで、住宅の建築デザインはどうだろうと思いました。以前、興味があって家に関する本を何冊か読んだことがあったんですが、家をつくる仕事ならいろいろな家族を見ているだろうし、家族について哲学があって、いいことを言いそうだな、と。

――でも、それがブーメランになって返ってくる。

雫井:そこは自分に跳ね返って来ないと面白くないんです。

――サッカーをやめてくさっていた高校生の長男、規士が家に帰って来ず、連絡も取れない。そして、つき合っていた仲間の一人が遺体で発見され、逃げる高校生の姿が目撃される。最近、よくニュースになる、未成年者の事件を思い出しました。

雫井:未成年の犯罪にしたのは、警察の捜査の進展がわからないからなんです。警察がどこまで捜査しているか、ベールに包まれていてわからない。情報がないから悪い想像が膨らんで、家族のなかでも見方が分かれるだろうと思いました。

――高校生の男の子という設定もリアルでした。親や大人とのコミュニケーションを拒否する年頃ですよね。だから親も規士が何を考えているのかわからない。

雫井:親に何も言わずに出て行ったなとか、いろんなことを言われても鬱陶しいとしか思わなかったなとか、自分の経験から来ていますね。事件が起きたときに、親が何もわからない状態になるにはどんな少年にしようかと逆算して考えた部分もあります。

――同級生、幼なじみが規士の両親に話す「規士」もまた違う顔を見せている。規士は事件の加害者側なのか、被害者側なのかますますわからなくなってきます。

雫井:最初は何が起こったのか、どうなっているのかまったくわからなくて困惑する。自分の子どもが事件に巻き込まれるなんて信じたくないと思う。でも、そのうち、こういう事件かもしれない、いや、こういう事件だ、とネットやマスコミで未知の情報や憶測が流れ始めて、徐々にこういう事件らしい、というところに向かっていく。そういう感じに書きたかったんです。

――しかも、父親の一登と母親の貴代美の間では事件の見方が正反対ですよね。長年うまくいっていた夫婦の関係に、亀裂が入ってしまいます。

雫井:『望み』で書きたいと思ったことの一つが、一八〇度違う価値観がぶつかることなんです。そこで生まれる葛藤や、やりとりは絶対に面白くなると思ったから。なので、父親だから、母親だから、と二人の考え方を決めていったのではなく、先にあったのは二つの正反対の価値観です。自分の子どもが加害者だと思うのか、被害者だと思うのか。どちらの見方をさせるか考えたときに、父親がこっち、母親がこっちというほうがリアリティがあるかな、と。その考えをお互いに言わせて、ぶつかり合わせる。それを物語として書きたかったということですね。

――作者の雫井さんが、二人の見方のどちらにも肩入れせず、フラットに見ているのもこの作品の興味深いところです。読者はどちらの見方にも理があると感じて、迷い始めると思うんです。

雫井:一登のパートでは一登に、貴代美のパートでは貴代美に共感してほしい。その結果、読者が揺れ動いてくれればこの作品は成功するんじゃないかと思いました。

■もっと深く気持ちを探る

――『望み』では事件が起きたことによって、一登と貴代美、それに長女の雅の関係が変化していきます。彼らの心の動きを見事に描いていらっしゃると思ったのですが、自然に書けるものなのでしょうか。

雫井:いや、今回はとくに難しかったですね。一登も貴代美も行動することで事件を解決に導くという話ではなく、彼らはただ待つしかない。それをエンターテインメント作品として読ませるためには、心情をつぶさに描いて、そこを読ませどころにするしかないと最初からわかっていました。心のうちをどう書くかが勝負だったので、必死になって書きました。

――自分から動くことができない。待つしかない。そのもどかしさも読んでいて痛いほど伝わってきました。それをすべて想像力で書くわけですよね。

雫井:その人物になりきるというか、その人物の視点で見たときに何が見えてくるか、どんな気持ちになるかをひたすら考えていきます。心理描写が得意な作家、と言われることがよくあるし、自分でもそうなのかなと思っていたこともあって、今回はそれで勝負してみようか、と。ところが、あらためて意識して書き始めると大変でした。ほかの作品だったら、一、二文でさらっと済ませる描写でも、今回はそれでは足りない。それで何行か足そうとすると、その分だけその人物の気持ちをもっと深いところまで探っていかないと書けない。その作業がけっこう辛いんです。これじゃ足りない。もっと考えろ。たぶんこういう心情だ。じゃあ、それを文章で表すとしたらどういう表現がいいのか――苦しかったですね。

――それだけ苦心されたからこそ説得力のある文章になったんですね。それに、細やかな心理描写の一方で、家族の間で気持ちをぶつけ合うシーンも迫力がありました。

雫井:いつもそうなんですが、小説を書いていて面白いのは、登場人物がいままでと違う境地に達したり、いままで言ったことのないことを口に出したりするような「変化」を書くことなんです。『望み』で言えば、一家の大黒柱としてしっかりしていたはずの一登が弱気になったり、その逆に、それまで一登のやり方に従ってきた貴代美が、はっきりとものを言ったり、そういう部分ですね。『望み』はとくに、事件の真相がどうなのか、というミステリ的な要素で物語を引っ張るというよりも、家族の気持ちがどうぶつかり合うかが読ませどころで、自分でも書きたいところでした。

■読み終えたときにわかる『望み』

――雫井さんは『犯人に告ぐ』のようなサスペンス、『クローズド・ノート』のようなハート・ウォーミングなものまで幅広い作品をお書きになっています。ジャンルについてはどうお考えですか。

雫井:いつもはアイディアの核みたいなものが最初にあって、それを生かすにはどういう設定で、どういう物語がいいか、そこにハマる人物はどういう人がいいか、という感じで考えていくことが多いんです。『望み』はさっきも言ったように、最初から「家族もので」という要望が編集部からあったので、それに当てはまるアイディアはないか考えたんですが、事件が入ってきてサスペンスチックになった。編集側から「これはいいサスペンスになりそうですね」と言われて、そうか、サスペンスに見られるのか、と思いました。自分では家族ものに寄せようとしていたんですが、だったらサスペンスっぽい味わいも入れようと思って、序盤から不穏な雰囲気を出すようにしたりはしました。

――後から演出を加えたんですね。そういうことはよくあるんですか。

雫井:ときどきありますね。味付け程度ですけど。

――アイディアが出発点とのことですが、ふだんからメモをしたりするんですか。

雫井:ふだんは考えてないです(笑)。でも、ものになるかならないかは別にして、いくつかメモしているものはありますね。とっかかり的なものだけですけど、メモっておいて、たいていは何年か寝かします。後から振り返って、面白くなりそうなら膨らませて小説にするし、眠らせたままにしておくものもあります。

――最後に『望み』というタイトルについてお聞きします。読み終えたとき、これ以外にない、いいタイトルだと思いました。いつ思いつかれたんですか。

雫井:プロットのときにはこのタイトルでしたね。でも、これしかないという感じではなかったんです。いつもタイトルは、見ただけで引きがある、面白そうだなと思ってもらえるものがいいと思っているので、『望み』はちょっと平凡かな、と。でも、今回の物語で派手なタイトルは思い浮かばなかったのと、最後にこういうことか、とわかってもらえるタイトルとしてならアリかな、と思ったんです。なぜタイトルが『望み』なのか、考えながら読んでもらえると嬉しいですね。

■『望み』(角川文庫)

「読者が揺れ動いてくれればこの作品は成功」【『望み』映画化記念 原作者・雫...
「読者が揺れ動いてくれればこの作品は成功」【『望み』映画化記念 原作者・雫…

著者:雫井 脩介
定価:748円(本体680円+税)
ISBN:9784041082096
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■あらすじ

建築デザインの仕事をしている石川一登とその妻・貴代美。二人は高校生の息子・規士と中学生の娘・雅と平和に暮らしていた。そんなある日、規士が家を出たまま帰ってこず、連絡すら途絶えてしまう。心配していた矢先、息子の友人が複数人に殺害されたニュースが飛び込んできて、二人は胸騒ぎを覚える。行方不明者は三人。そのうち犯人とみられる少年は二人。息子は犯人なのか、それとも……。

取材・文:タカザワ ケンジ

KADOKAWA カドブン
2020年9月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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