編集者が三味線の習いごとからいつのまにか人気浪曲師に
[レビュアー] 都築響一(編集者)
レコードプレーヤーが「蓄音機」だった時代に、いちばん売れていたレコードは歌謡曲ではなく浪曲だった。大道芸として生まれ、落語や講談からも下に見られていたのが大衆芸能の華となって、いつのまにか「たびゆけば~」みたいなイメージがしみついてしまった浪曲が、新しい世代のファンを増やしている。『浪花節で生きてみる!』は、古典から創作もの、他ジャンルとのコラボ、海外公演と大活躍中の女流浪曲師・玉川奈々福による初の著書。
浪曲の家系でもなければ、とりたてて浪曲好きでもなかった出版社勤務の編集者が、「一生続けられる習いごとをしたい」と思い立つ。新聞で浪曲協会の三味線教室のお知らせを見て、「三味線を無償で貸与」という言葉に惹かれて仕事帰りに三味線のお稽古を始めたのが約25年前。そのうち師匠の弟子になって、三味線が上達するには浪曲もうなってみないと、とそっちの修業もするうちにどんどん忙しくなって、会社の仕事と両立できなくなり、いつのまにか人気浪曲師になっていた……という「人生なにがあるかわからない」を地で行く一代記。
東京浅草には木馬亭という日本唯一の浪曲の常打ち小屋がある。その楽屋に新弟子として初めて足を踏み入れたとたん、黒紋付きで花札を引いていたじいさんが手をとめてギロリと睨む、なんて出だしから始まるのだが、そういう愛すべき異端者=奈々福さん曰く「稚気あふれる化け物たち」の国に、彼女は穴に落ちたアリスみたいに飛び込んでしまったのだった。
浪曲師や曲師(浪曲の三味線弾き)の紹介や歴史と交互に語られる、奈々福さん自身がさまざまな出会いを通じて成長していく姿を追ううちに、そんなにすごいものか!と、浪曲というものを聴いてみたくてたまらなくなるはず。コロナに負けず営業中の木馬亭にもぜひ!