裁判官は「事実」をどのようにとらえ、判断しているのか

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事実認定の基礎〔改訂版〕

『事実認定の基礎〔改訂版〕』

著者
伊藤 滋夫 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641138414
発売日
2020/09/28
価格
4,840円(税込)

書籍情報:openBD

裁判官は「事実」をどのようにとらえ、判断しているのか

[レビュアー] 河村浩(東京高等裁判所判事)

1 はじめに

 本書は、要件事実論・事実認定論の泰斗である伊藤滋夫教授による事実認定論に関する理論研究の集大成というべき研究書・実務書である。

 本書の前身は、平成8年に出版された『事実認定の基礎――裁判官の事実判断の構造』(以下「初版」という)である。初版においては、難波孝一弁護士(元東京高裁部総括判事)がその出版の企画に参加された。

 この初版に関しては、長らく改訂されない状況が続いており、研究者、実務家等の多くの読者から改訂が待ち望まれていたが(ただし、平成12年に初版の民訴法の条文が平成8年改正法に改められている)、この度、20数年ぶりに改訂版が出版され、伊藤教授による事実認定論に関する最新の研究成果が公表される運びとなった。誠に慶賀すべき出来事であると考える。

 さて、伊藤教授は、本書の「改訂版はしがき」(iii頁)で、「「改訂版」において「初版」より(又は「初版」にはなかった)説明を充実した諸問題」と題されて、(1)「相当程度の可能性の存在」、(2)裁判例において用いられる「特段の事情のない(認められない)限り」という表現の正確な理解、(3)経験則の体系化、(4)「間接反証」に対する批判、(5)「推定」という考え方、(6)証明度の6点を、差し当たり挙げておられる(もとより、この6点以外でも、本書において、初版より説明を充実されている項目は多数にのぼる)。

 筆者は、現在、東京高裁民事部に勤務しており、改訂版から、その企画に参加している者である。実務家である筆者の視点に照らし、本稿では、伊藤教授が指摘される上記6点のうち、(2)、(3)及び(6)の3点に絞って、適正な事実認定の実践という観点から検討し(後記2ないし4)、最後に(後記5)、適正な事実認定の実践のために本書の持つ有用性について述べてみたい。

2 裁判例において用いられる「特段の事情のない(認められない)限り」という表現の正確な理解について

 この点については、本書第4章第1(78頁以下)において、詳しく論じられている。

 ここでの「特段の事情」は、要件事実論において、背信行為と認めるに足りない特段の事情といわれるような、評価的要件の例外的事実(評価障害事実)を示すものではなく、間接事実による推認の局面における、推認を妨害する経験則上の例外的事実を示すものである。

 最高裁判決から一つ例を挙げる。最判昭44・12・11裁判集民事97号753頁である。この事案は、X(メリヤス卸売りを営む者)が、Y(商店)に対し、取引額に応じて支払われる報奨金を請求したところ、Yは、Xはその長男Aに、挨拶状(乙第一号証)によって、報奨金支払債権を譲渡したなどと主張して、Xの請求を争ったというものである。最高裁は、Xとその長男Aとの間には、挨拶状が出された当時、営業の譲渡がなされたと推認するのに難くないのであり、「さらに他に特段の事情のないかぎり、本件報奨金債権も、このときAに譲渡された……ものと推認するのが相当である」(圏点は評者)と説示した。ここでの問題は、この「特段の事情」につき、常に証明を要するのかという点である(「特段の事情」の証明の要否に関する最高裁の一般的な立場は、必ずしも明らかではない。本書80頁注(12)参照)。これは、本書78頁で指摘されているとおり、いわゆる間接反証理論を採用するかどうかという問題と密接に関連している。この特段の事情を、間接反証事実であると捉え、間接反証事実には、本証が常に必要であるとすれば、この特段の事情も証明を要するという結論になる。しかし、間接反証理論を否定し、この例外的事実(伊藤教授は、反対間接事実と呼ばれる。本書112頁)につき、必ずしも証明を要するとはいえないとすると、「特段の事情がない限り」とか、「特段の事情を認めるに足りる証拠はないから」とかといった表現は、正確性を欠くことになる。伊藤教授が、上記の点をどのように言われるのかというと、間接反証理論に反対する立場に立って、「推認を妨げるに足りる特段の事情が存在する疑いがない限り」と、簡にして要を得た表現を提唱されているのである(本書76頁注(7)、81頁)。このことは、適正な事実認定を実践するという観点からは、実務的に大変有益な指摘であると思われる。実務家としては、自らが間接反証理論を採用するのかどうかという自覚的な態度決定とそのことから生ずる帰結の違いを考慮に入れて事実認定を行い、その事実認定のプロセスを判決文にどのように正確に反映させるのかという点につき、意識すべきであろう。

3 経験則の体系化について

 この点については、本書第4章第4(85頁以下)において、詳しく論じられている。

 ここでは、経験則を体系化して捉えることの合理性を指摘されるとともに、経験則の例外への配慮を怠る経験則の体系化はかえって有害であるとの注意点も述べられており、事実認定を行う実務家にとって極めて示唆に富む指摘がされている。

 経験則の体系化に関する伊藤教授の有益な指摘のうち、一つだけ取り上げるとすれば、初版にはなかった次の記述、すなわち、「経験則の体系化に当たって、人間の感情がその意思決定、ひいては行動にどのような影響を及ぼすかという点の検討である」(本書95頁)と指摘される点である。すなわち、通常であれば、そのような行動をとらないが、そのときの感情にまかせて不合理な行動をしたとも考えられる事例における経験則の捉え方の問題である。例えば、会社の代表者が、会社保有の多額の金銭を、個人的に気に入っているというだけの人物に贈与することは、感情的行動の余地を斟酌したとしても不合理であるといえよう。しかし、これは、程度問題という面もあり、会社の代表者が、会社保有の多額の金銭を、長年、仕事上の付合いがあり、過去にも助けてもらったこともある同業者に対し、通常では、考えられないような低金利等の借主に極めて有利な条件で貸し付けたとすれば、このような貸付けは、貸主と借主の長年の人的関係を基礎とする貸主の借主に対する同情心・憐憫の情から実行されたと考える余地も全くないわけではないということである。悩みは尽きないが、人は、理性の動物であると同時に感情の動物でもあるから、人の行動の合理性を考え、適正な事実認定を行うべき実務家としては、人の感情的側面をどのように経験則に取り込んで理解していくのかという難しい問題を避けては通れないのである。

4 証明度について

 この点については、本書第5章第5(153頁以下)において、詳しく論じられている。

 証明度(要件事実を認めるに足りる最低限必要な証明の程度)については、実務では、高度の蓋然性説(最判昭50・10・24民集29巻9号1417頁〔東大ルンバール事件〕)による基準が定着しているが、近時は、高度の蓋然性説に対し、相当程度の蓋然性説による基準も提唱されており、実際の帰結の違い(本書179頁注(83)の事例参照)も含めて、その検討をゆるがせにすることはできない。伊藤教授は、高度の蓋然性説のいう「高度の蓋然性」の意味につき、70%や80%などの事実の存在の確率値と同義でないことを、いわゆるゲート・クラッシャー・ケース(会場への全入場者1000人のうち、無賃入場者(ゲート・クラッシャー)が801人、正規入場者が199人いたとすると、証明度を80%と仮定し、全入場者1000人を被告として入場料の支払請求をする給付訴訟を提起すれば、その確率値(80.1%)を示す証拠だけで、正規入場者199人を含む1000人全員に勝訴し得るかという問題。本書173頁)を挙げて説明された上で、証明度の根拠につき、積極的誤判と消極的誤判のうち、積極的誤判を重く見るべきであるとして、相当程度の蓋然性説を批判され(本書174頁以下)、証明度に関する市民の法意識にも目配りされた上で(本書178頁)、最終的に高度の蓋然性説を堅持される。前記の伊藤教授の所説には、大変説得力があり、評者も実務家として大いに共感するところがある。

 さらに、高度の蓋然性説に立ちつつも、証明度の内実に変化はないのかとして、証明度の隣接概念である、審理実施必要度(審理をどの程度の時間と費用をかけて行うべきかという程度)及び当事者困窮度(個別事案において、敗訴当事者が受ける影響の程度)との相互関係についても論じておられる(本書184頁以下)。この点は、従来、ほとんど議論がされておらず、伊藤教授自身、「非常に困難な理論上実務上の課題に立ち向かうものである」(本書184頁)とされている。ブラックボックスになりがちな裁判官の心証形成過程を客観的に明らかにしていくためには、今後、重要な課題の一つであることは間違いない。

5 終わりに

 名探偵シャーロック・ホームズは、状況証拠(間接証拠・間接事実)について、次のように述べている。「「状況証拠というやつ、すこぶる油断のならないものでね」とホームズは考えぶかくいった。「どう疑いようもなく、ある一つの点を指しているかと思うと、一歩退いてほんのすこしちがう見地から見なおすと、まったくおなじ確実さをもって全然別の方向を指していることもあるものだ。……」」(コナン・ドイル〔延原謙訳〕「ボスコム谷の惨劇」『シャーロック・ホームズの冒険』〔第18刷改版〕〔新潮社、1989年〕146頁)。このような推理(間接事実による事実上の推定)には、誤謬が入り込みやすく、このことが、直接証拠に乏しい民事裁判における適正な事実認定を難しくしている一つの原因でもある。本書では、前記2~4で述べたとおり、数多くの事実認定上の諸論点につき、適正な事実認定を行うためにはどのようにすればよいかという観点から理論的に一貫して論じられており、そのための処方箋が豊富に示されている。本書は、「適正な事実認定をするにはどのようにすればよいか」というテーマに関心を持つ実務家に対してはもとより、研究者、法律を使って仕事をされるすべての人、これからそのような職業に就きたいと願う法科大学院等の学生のみなさんに対しても、広く推薦したいと考える貴重な一冊である。

有斐閣 書斎の窓
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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