文章が勝手に削除されたと老舗文芸誌を告発

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文章が勝手に削除されたと老舗文芸誌を告発

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


『文學界』2021年3月号

 新進評論家が文芸誌編集部に文章を削除されたと告発する事件が起こった。

 当事者は「在野研究者」の肩書きで活躍する荒木優太と老舗文芸誌『文學界』。同誌3月号に寄稿した「新人小説月評」の末尾3行が「勝手に削除」された、「これは編集権の濫用であ」ると、発売当日の2月5日に、荒木が自身のツイッターで最終ゲラとの比較画像を添えて訴え出たのだ。

「月評」は若手評論家など2名が前月号に掲載された新人の小説を論評する、「芥川賞の下読み」とも囁かれる欄で、任期は1年間。荒木は2月号から担当を始めたばかりだった。削除されたのは次の一文である。

岸政彦『大阪の西は全部海』(新潮)に関しては、そういうのは川上未映子に任せておけばいいでしょ、と思った。」

『文學界』編集部も直ちにツイッター公式アカウントで、認識に違いがあると反論した。これも異例だ。

「批評としてあまりに乱暴すぎる」ので掲載できないと改稿もしくは削除を申し入れたが、話し合いは噛み合わず、改稿してもらえないなら削除すると再度申し入れると、荒木から「お好きになさるとよいでしょう」との返答が来たので削除したというのである。

 荒木は、削除された場合「SNS等で吹聴する」とも書き添えていたそうでそのとおり実行したわけだが、3日後、「月評」の連載終了を編集長に告げられたとの報告があった。「最低限必要な寄稿者と編集部との信頼関係が失われた現在、連載続行は困難」というのが理由だったそうだ。

 降板決定前後に二度、荒木は、ウェブ雑誌「マガジン航」に経緯説明の長文を発表したが、『文學界』編集部からの応答はいまのところない。荒木の言い分を聞く限りでは編集部の対応が理不尽に思えるが、荒木のやり方もいかにも無茶で、即断しかねるところだ。

 文芸誌の文章の扱いは、体験的には、他媒体に比べ慎重である。業界構造に歪みを感じる面も多いものの、ひとまず文章に対しては真摯である。それだけに強権的にも映るこの一件は異様な印象を与える。『文學界』編集部には議論の場を設けることを期待したい。

新潮社 週刊新潮
2021年2月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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