編集者や作家の悲喜こもごもを描く業界内幕小説

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編集者や作家の悲喜こもごもを描く業界内幕小説

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 文筆を生業とする者にとって、笑うに笑えない話がてんこ盛りだ。『作家の人たち』は〈名探偵・猫丸先輩〉シリーズなどで知られるミステリ作家、倉知淳による出版業界の内幕を描いた短編集である。

 収録作中、最も文筆家を震え上がらせる話は「夢の印税生活」だ。高額の賞金が貰えるミステリ小説の新人賞を受賞した川獺雲助は、担当編集者の忠告を無視して会社を辞め、専業作家として生計を立てる決意をする。作中では長編の印税収入から雑誌掲載の短編原稿料に至るまでの年収内訳が記され、作家の生活状態が生々しい数字の変化とともに描かれる。作家のお財布事情を題材にした話では最上級の怖さを誇るものだ。

「持ち込み歓迎」は反対に出版社を縮み上がらせる話で、持ち込み原稿を大々的に募集したために、次々と奇妙な作家志望者の相手をさせられる編集者の受難を描く。作家になりたい人たちの痛々しくも滑稽な姿が黒い笑いを誘う。

 本書の掉尾を飾る「遺作」は、それまでの諧謔的な作風とは異なる雰囲気をまとった作品だ。作家という生き方を選んだ者が放つ、心の奥底からの叫びがこだまする。

 ミステリ作家が書いた業界内幕小説といえば、東野圭吾『黒笑小説』(集英社文庫)に収められた寒川心五郎と熱海圭介が登場する連作短編だろう。鳴かず飛ばずのベテラン作家の寒川と、小説家デビューを果たして有頂天になる熱海。対照的な二人を軸にした、出版や文学賞をめぐる悲喜こもごもを描いたブラックユーモア小説で、特に「選考会」の皮肉はあまりに強烈だ。

『作家の人たち』には実在のミステリ作家を想起させる人物が登場するが、現実の推理小説業界を模した小説の先駆的事例としては鮎川哲也の『死者を笞打て』(光文社文庫)がある。本格謎解き小説の名手である鮎川本人が主人公になり、自身に掛けられた盗作疑惑の解明に乗り出すというもの。一九六〇年代における日本の推理作家たちをモデルにした人々が次々に登場し、大活躍を見せるのが実に愉快だ。

新潮社 週刊新潮
2021年7月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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