月下のサクラ 柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)著

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月下のサクラ

『月下のサクラ』

著者
柚月, 裕子
出版社
徳間書店
ISBN
9784198651534
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

月下のサクラ 柚月裕子(ゆづき・ゆうこ)著

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

◆激突する警察の悪と正義

 警察小説というと、聞き込みのため靴底をすり減らす刑事が主人公――というイメージが強かったのは昭和の話。横山秀夫の登場以降、警察のさまざまな部署を描いた警察小説が増えている。柚月裕子の『朽ちないサクラ』もそんな一冊で、県警の広報担当の事務職員・森口泉が、親友が殺害された事件の真相に迫る物語だった。新作『月下のサクラ』は、その五年後が舞台。県警の採用試験に合格し、晴れて刑事になった泉が再登場する。

 事件現場で収集したデータを解析しプロファイリングする捜査支援分析センター機動分析係への配属を志望した泉は、係長の黒瀬による実技試験に落第したにもかかわらず、その黒瀬の強い推薦で配属されることになった。まさにその日、県警会計課の金庫から約一億円が紛失していることが発覚。退官した会計課の前課長が有力な容疑者として浮上するが……。

 希望通りの部署に配属された泉だが、「〜失格」が口癖の黒瀬をはじめ、係のメンバーは癖の強い人間ばかり。メンバーたちは泉を「スペカン(スペシャル捜査官)」と呼ぶけれども、それはいい意味ではなく、実力もないのに上司の引きで捜査官になれたという当てこすりである。そんな冷ややかな空気にも屈しない泉が、優れた記憶力を武器に、いかにして周囲に実力を認めさせ、自身の居場所を見出(みいだ)すかが本書の大きな読みどころとなっている。

 警察署内部での事件という時点で既に、捜査にさまざまな圧力がかかることは予想されるし、タイトルの「サクラ」という言葉から察せられるように、前作で泉の前に立ちはだかった「あの組織」の暗躍も描かれる。黒瀬は何者かの密告で陥れられそうになるが、泉は自分を捜査官にしてくれた彼への忠誠心から、健気(けなげ)にもさまざまなかたちで支えようとする。

 警察官でありながら悪に染まった者と、正義や信念を貫き通そうとする者。両者のダイナミックなぶつかり合いが、著者らしい熱い筆致で描かれた力作である。

(徳間書店・1870円)

1968年生まれ。作家。著書『孤狼の血』『検事の本懐』『盤上の向日葵』など。

◆もう1冊

葉真中顕著『W県警の悲劇』(徳間文庫)

中日新聞 東京新聞
2021年7月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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