芥川賞は2作同時受賞 予想は半分外れ

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芥川賞は2作同時受賞 予想は半分外れ

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


新潮 2021年7月号

 第165回芥川賞の結果が発表された。石沢麻依『貝に続く場所にて』李琴峰『彼岸花が咲く島』の2作同時受賞だった。前回本欄で、石沢と千葉雅也『オーバーヒート』の同時受賞とした予想は半分外れた。芥川賞の予想は、考慮すべきパラメータが多く、それらの間に働く力学も複雑で、単純に出来の良い作品をあげれば済むわけではないので難しい。従って選考に疑問や不服を申し立てても不毛である。芥川賞は結果がすべてなのだ。

『小説トリッパー』夏季号が「文芸時評の未来」という珍しい特集を組んでいる。

『文學界』編集部と新進評論家・荒木優太との間に、文芸時評欄「新人小説月評」での記述に関してトラブルが生じ、荒木が連載を降ろされる事件があったことを2月25日号の本欄で伝えた。この件を機にSNSなどでは文芸批評や書評に対する議論が少し起こった。文芸誌における文芸批評の存在意義や、批評や書評が“褒め”ばかりになり、批判が事実上タブーになっている現状などが話題の中心だった。

 文芸時評が不穏な空気で覆われている中で、わざわざ「文芸時評の未来」を特集したというのである。当然、踏み込んだ議論を期待したわけだが、ところがこれが、ふわふわと芯のない内容で拍子抜けした。どうやら、同誌の系列紙である『朝日新聞』文芸時評欄に就任した翻訳家・文芸評論家の鴻巣友季子をフィーチャーするために組まれた特集だったようだ。

 一方、荒木だが、文芸批評と文学研究の同人誌『文学+』のウェブ版にて文芸時評を(勝手に)再開した。第1回のタイトルは「『文學界』から干されたオレがなぜかまた文芸時評をやっている件について」。露骨に挑発的だが、無論「文壇」には黙殺されている。

 文芸誌7月号の小説で面白かったのは、藤野可織「ねむらないひめたち」(新潮)。人が「砂色の飴で覆われているみたい」になってしまう「未知の伝染病」が蔓延する世界が舞台だ。またコロナ禍小説かよと思わせておいて、実は女子の自己決定をめぐるフェミニズム小説であるという離れ業が効いている。

新潮社 週刊新潮
2021年7月29日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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