オリンピック 反対する側の論理 ジュールズ・ボイコフ著

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オリンピック 反対する側の論理

『オリンピック 反対する側の論理』

著者
ジュールズ・ボイコフ [著]/井谷聡子 [監修]/鵜飼哲 [監修]/小笠原博毅 [監修]
出版社
作品社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784861828461
発売日
2021/04/30
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

オリンピック 反対する側の論理 ジュールズ・ボイコフ著

[レビュアー] 山本敦久(成城大教授)

◆巨大な怪物を止めるには

 コロナ禍は五輪が社会にもたらす膨大な負債と国際オリンピック委員会(IOC)の醜態を露呈させた。緊急事態宣言下で強行される大会は、開催国の住民が五輪とIOCの真の姿を知り、約半数の住民たちが開催に反対する異例の五輪となった。開催中止を求める一般の人々の声が、嘘(うそ)で飾られた五輪の理念と対峙(たいじ)する初めての大会となる。この局面で求められるのは冷徹な「反対する側の論理」である。

 ただし本書はコロナ禍という理由から反対しているのではない。ボイコフが「資本を生み出す巨大な怪物」と呼ぶ五輪は、開催国の公金をIOC貴族とそのコネクションに還流させ、貧困層の住居を奪い、都市空間の過度な監視化を常態とさせる。その横暴に反対する世界各地の草の根活動家、ホームレス、立ち退きにあった住民による街頭の反対運動と国際的連帯の集積が本書に詰め込まれている。

 二年前に福島を訪問したボイコフは「五輪を開催するのだから福島はもう復興している」という事実の転倒に遭遇する。開催がコロナを克服した証しだと言い張るバッハ会長の姿勢にも共通するのは、それが事実とは違っていてもIOCが信じたいものが歴史の真実だとゴリ押しする「ポスト真実」だ。五輪は資本の運動どころかもっと不合理なものであり、すべてを略奪する怪物なのではないか。

 大会収益の4・1%しか還元されないアスリートたちの労働と象徴性も略奪される。だがアスリートたちの声が去年、五輪の延期をもぎとった事実がある。アスリートには力がある。黙ってプレーしていればいいという時代は終わった。五輪からスポーツを切り離す。スポーツを社会のなかに引き戻す。それが「反対する側の論理」を組み立てる新たな契機となるのではないか。五輪中止を求める一般の人々、草の根活動家、研究者、そしてアスリートたちからなる複合体が反対側の主人公となるべきだ――反対する側の論理を唱えるボイコフ自身が「元オリンピアン」なのだから。

(井谷聡子、鵜飼哲、小笠原博毅監訳、作品社・2970円)

1970年生まれ。米パシフィック大教授。バルセロナ五輪のサッカー米代表。

◆もう1冊

J・ボイコフ著『オリンピック秘史−120年の覇権と利権』(早川書房)中島由華訳。

中日新聞 東京新聞
2021年7月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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