『帆神』
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高田屋嘉兵衛が憧れた知られざるチャレンジャー
[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)
末國善己・評「高田屋嘉兵衛が憧れた知られざるチャレンジャー」
努力と才覚で江戸海運に革命を起こした男・工楽松右衛門の軌跡を描く長編小説『帆神―北前船を馳せた男・工楽松右衛門―』が刊行。歴史ロマンを多数手がけてきた玉岡かおるさんによる本作について、文芸評論家の末國善己さんが読みどころを語る。
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兵庫県出身の玉岡かおるは、大正から昭和初期にかけて日本一の年商を誇った商社・鈴木商店を、女主人・鈴木よねの視点で描き織田作之助賞を受賞した『お家さん』、皇室御用達百貨店「高倉屋」の礎を築いた女主人の人生を追った『花になるらん 明治おんな繁盛記』など、関西発祥の企業を題材にした経済歴史小説を発表している。高砂(現在の兵庫県高砂市)に生まれ、日本屈指の廻船商へと成長した工楽松右衛門の波瀾の生涯を追った本書も、この系譜の作品である。
司馬遼太郎『菜の花の沖』には、主人公の高田屋嘉兵衛が憧れる重要な役で登場する松右衛門だが、一般的な知名度は高くない。ただ松右衛門が新巻鮭、かばんや靴の素材として人気の帆布(松右衛門帆)を開発し(新巻鮭については諸説あり)、宮崎駿監督が『崖の上のポニョ』を制作する前に長期滞在し、同作に登場する港町のモデルともされる広島県福山市の鞆ノ浦にある大波止の修復増築を行ったと知れば、どんな人物だったのか知りたくなるのではないか。
まず著者は、松右衛門の故郷の高砂が、商港ゆえに武士が少なく、後継者の育成を重視していたため女子教育も蔑ろにしていなかった事実を指摘する。こうした環境のなか私塾に通っていた松右衛門は、そこで豪商カネ汐の跡取り娘・千鳥、ロジカルな思考を持つ惣五郎と出会う。三人は成長した後も、友人兼ビジネスパートナーとして深い関係で結ばれるが、その原点を描いた第一章は、松右衛門たちが千鳥の弟が水死した謎に挑むだけに、ミステリーとしても楽しめる。
瀬戸内海の島々を結ぶ渡海船で働き始めた松右衛門だが、危険が少なく、安定した収入は得られるが大きな成長も期待できないことから、外洋で交易に従事する弁財船に乗込む。作中には、微妙に変化する潮の流れを見極め、風向きを的確に読む船頭の指揮のもと、水主たちが一斉に動く当時の操船術が活写されている。どの船が上方で作られた新綿(木綿の初物)を浦賀まで早く届けるかを競う新綿番船の水主に選ばれた松右衛門が、驚くべき航法を提案するところが前半のクライマックスで、圧巻の海洋冒険小説となっていた。
江戸幕府は、太平の世を長く維持し、武士の既得権を守るため、巨大船の建造を禁止し、商売する権利(株)を持つ問屋を制限するなど、多くの規制で自由な経済活動を縛り、商人も狭い枠組みの中でビジネスを行っていた。これは国の規制が経済成長を阻み、経済の長期低迷が挑戦よりも安定を求める価値観を広めた現代の日本に似ている。著者が、既存のビジネスに違和感を感じ、高い志を持ってハイリスクハイリターンの世界に飛び込み、老いてもチャレンジを続けた松右衛門に着目したのは、小さくまとまりがちな現代人に夢と希望を持って欲しいとの願いが込められているように思えた。
やがて御影屋の沖船頭に出世した松右衛門は、帆が破れやすい和船の欠点を補う新しい布の開発に没頭する。帆を織る糸を太くすれば強度は上がるが、それを完成させるまで試作を繰り返さなければならず、ようやく糸が完成するも当時のはたおり機では太い糸を織り進めることができなかった。松右衛門が知識と技術を総動員して問題点を一つ、また一つと解決していく中盤は、秀逸な技術小説といえるだろう。
松右衛門帆は船の安全性を高める画期的な商品だが、大量に市場に送り出すためには生産ラインを作る必要があった。松右衛門帆が完成するまでには多くの人たちの手がかかるが、松右衛門は現代的にいえば下請けにあたるパートナーも十分な利益を得られるシステムを構築し、この姿勢は、択捉島の港の建設など他の事業でも変わることはなかった。自分だけが儲けるのではなく、取り引き先にも、顧客にも満足してもらえる商売を行い、利益を社会にも還元したいという高い商道徳を忘れなかった松右衛門は、金を稼ぐためなら、下請けから搾取しても、客を騙しても構わない、不正をしても露見しなければ問題ないという企業が出てきている現代日本の状況を批判する役割を担っていることも忘れてはならない。