「落とし」が導く「真実」を確かめてください。――最新作『朝と夕の犯罪』& 文庫『偽りの春』発売記念!著者 降田天インタビュー

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朝と夕の犯罪

『朝と夕の犯罪』

著者
降田 天 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041111642
発売日
2021/09/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「落とし」が導く「真実」を確かめてください。――最新作『朝と夕の犯罪』& 文庫『偽りの春』発売記念!著者 降田天インタビュー

[文] カドブン

■最新小説『朝と夕の犯罪』発売 &『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』文庫化記念!
降田天インタビュー

2021年9月、第71回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞作を収録した文庫『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』と、「狩野雷太」シリーズ続編となる単行本『朝と夕の犯罪』が相次いで刊行された。著者の降田天さんは、執筆担当の鮎川颯さんと、プロット担当の萩野瑛さんによる作家ユニットだ。交番のおまわりさんが事件を解決していくという、倒叙ミステリの新たな道を切り拓いたおふたりに、メールインタビューを行った。

左/鮎川颯さん 右/萩野瑛さん 
左/鮎川颯さん 右/萩野瑛さん 

■新作の執筆中は何度も意見がぶつかった

――交番のおまわりさんである狩野雷太を探偵役とした短編集『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』(以下、『偽りの春』)と新作長編『朝と夕の犯罪』は降田さんにとって初めてのシリーズ作品となりました。同じキャラクターを登場させる楽しさ、大変さを教えてください。

萩野:狩野自体が、「鎖された赤」(『偽りの春』所収)という短編を書く際に完全なる装置として作り出したキャラクターだったので、まさか長編をやることになるとは思っていませんでした。そのため、地域課の警察官である狩野を、長編向けの大きな事件にどのようにして関わらせるかは、少しだけ悩みました。狩野の相棒・月岡も、『偽りの春』のラストで刑事を志望しているように書いてしまったため、『朝と夕の犯罪』の初稿では刑事課に移動させてみたもののしっくりこず。結局、改稿で狩野の下に戻しました。

鮎川:付き合いが長いぶん愛着もあるし、よく知っている人物たちなので言葉の言い回しや仕草を書くのに考えなくていいのは助かります。ただし、設定を変更したいと思っても今さら変えられないのははがゆいですね。逆に、同じ人物でも年月や経験による変化があるはずなので、「今の」そのキャラがどう考えるのかということには気を遣いました。

――『朝と夕の犯罪』は、10年ぶりに再会したアサヒとユウヒの兄弟が狂言誘拐を実行する第一部と、ネグレクトされた兄妹をめぐる事件の捜査に狩野が関わっていく第二部の2パートから構成されています。『偽りの春』刊行時の「本の旅人」のインタビューで、続編について鮎川さんが「萩野の頭の中にはぼんやりあるようです」とおっしゃっていましたが、当時想定されていた物語になりましたか?

萩野:前担当編集者さんから「次は最強の犯人を!」と言われて、絶対に口を割らない犯人→自ら喉を潰した容疑者みたいなことをちらっと考えましたが、どうやって落とす(編集部注:自白させる)のか見当もつかなかったので、まったく違う話になりました。

鮎川:現在のプロットが完成した時点でも、萩野の想定では、キャラクターも世界観ももっとダークでした。特にユウヒはかなり悪くて危ないやつだったのが、ものすごく丸くなりました。変遷の過程で萩野とは何度もぶつかりましたが、いい形になったと思っています。

「落とし」が導く「真実」を確かめてください。――最新作『朝と夕の犯罪』& ...
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■倒叙ミステリと警察小説のバランスの難しさ

――犯人の視点で物語を書いていく「倒叙ミステリ」ならではの面白さや、気をつけていることを教えてください。

萩野:主人公に肩入れしすぎないことです。主人公に感情移入したという感想をいただくことが多いのですが、作っている側としては意識的にキャラを突き放すようにしています。作者の贔屓が透けて見えてしまうと、自分が読者の場合スッと冷めてしまうので。「狩野雷太」シリーズの場合、主人公=犯人なので、その心情に寄り添いすぎると犯した罪がぼやけて見えてしまう可能性もある。とはいえ、キャラの置かれた状況に没入していただけるようなストーリー作りを心がけてはいます。人はどんなときに不意を突かれるのか、そういうことは日頃からよく考えています。

鮎川:犯人を主人公として描けるのが、倒叙の楽しいところです。犯人であることを隠さなくていいので、最初からたっぷりスポットライトを当てて、書きたいだけ書き込める。ただ読者と捜査側で持っている情報に差ができてしまうので、その扱いが難しいです。

――短編集だった前作と比べて、長編ならではの難しさはありましたか?

萩野:警察についての知識がほとんどないまま『偽りの春』を書いたので、『朝と夕の犯罪』では資料を読み込みました。結果、「狩野雷太」シリーズで描くべきことを見失ってしまった。狩野の良さがほとんど出ない出来の悪い警察小説的な初稿を書いてしまい、このシリーズの読みどころがどこであるかを改めて見つめ直しました。一方、警察の組織捜査のリアリティもある程度のレベルは保ちたかったので、烏丸たち捜査員については、狩野以上に神経を使って書き込みました。最終的には、倒叙ミステリと警察小説、ほどよいバランスに落ち着いたんじゃないかと思います。

鮎川:事件の規模が大きくなると狩野ひとりの力でできることが少なくなるので、彼の存在感を薄れさせないようにするのが難しかったです。一方で犯人視点のパートは長く濃くなるため、前述の萩野の回答と重複するのですが、犯人贔屓にならないようバランスに気をつけました。

「落とし」が導く「真実」を確かめてください。――最新作『朝と夕の犯罪』& ...
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■兄弟という関係性の魅力

――『朝と夕の犯罪』冒頭、父親の車で全国を転々とするアサヒとユウヒや、第二部のネグレクトされた兄妹の姿が痛ましいです。貧困や虐待などもテーマにしたいとお考えだったのでしょうか。

萩野:実はアサヒとユウヒという兄弟は、「狩野雷太」シリーズのために作ったキャラクターではありません。無戸籍児として生まれた青年が、大切な兄のために次々人を殺していくストーリーを別個に考えていたのですが、某作家さんの作品と設定が丸被りしてしまいお蔵入りさせました。アイディアに未練があったので、原形を留めないほどの大手術をしたうえで狩野シリーズに転用しました。ですので、無戸籍・虐待・貧困をテーマにしたいという気持ちの方が先でした。書きたかったものをようやく書けた半面、掘り下げきれなかった気持ちもあるので、いずれまた違う形で向き合いたいです。

鮎川:『誰も知らない』という映画を見て以来ずっと興味を持っていたテーマで、現実の事件や世間の反応などにも注目してきました。資料を当たれば当たるほど、物語にどんな決着を与えるべきなのかがわからなくなり、とても難しかった。考え続けたいと思っています。

――『すみれ屋敷の罪人』や『ネメシスIV』など、兄弟・姉妹が主要人物になる作品を続けて刊行されています。兄弟・姉妹という関係性に何かこだわりはあるのでしょうか。

萩野:なぜ姉妹が好きなのか考えてみたのですが、「戦友」に近い関係性だからなのかもしれない。やり方は違うけれど、同じものと戦っている関係性。兄弟については、私たちにとってあらまほしき何かがそこにあるんだと思います、きっと。『ネメシスIV』の三兄弟に関しては、日テレさんが基本的な設定を作っているのでまったくの偶然です。すみれ屋敷の三姉妹のあとに、天狗屋敷の三兄弟なの? と自分で突っ込みました。

鮎川:絆であれ確執であれ、相互に強く影響し合う関係が好きなんだと思います。だからバディや宿敵という関係も好きですが、兄弟(姉妹)の場合は基本的に距離が近い。無条件に大切な存在だったり、コンプレックスや憎しみを抱く存在だったりする。それを物心ついたころから長い時間、積み重ねていく。そうやって形成される関係は、盤石であっても崩壊してもおもしろいです。

――ツイッターで読みどころのひとつに「兄弟萌え」をあげていらっしゃいますが、ご著書ではなく他作品で好きな兄弟キャラクターはいますか?

萩野:……なんて質問なんだ! 『頭文字D』の高橋兄弟、『仮面ライダー鎧武』の呉島兄弟はいい兄弟です。『みどりのマキバオー』のピーターIIとアマゴワクチンもいい。『朝と夕の犯罪』を作るときに念頭にあったのは、『熊と踊れ』の三兄弟ですね。あと、兄弟だけじゃなく姉妹萌えもあるんですよ?

鮎川:『TRUMP』シリーズのデリコ兄弟、『重力ピエロ』の泉水と春、『真田太平記』の信幸と信繁も好きですね。いますぐには出てこないけど、他にもたくさんいるはず。血のつながりに関係なくブラザー(シスター)フッドも含めれば、とても書き切れません。

――『偽りの春』『朝と夕の犯罪』それぞれについて、ここが読みどころ! と思う部分を教えてください。

萩野:『偽りの春』……交番警察官狩野の「落とし」のいやらしさ。狩野のしつこさに苛つきながら、いつの間にか落とされている感覚をお楽しみください。
『朝と夕の犯罪』……前担当編集者の「最強の犯人を!」に対するアンサーの一つの形として、たいへん難しい相手を狩野は「落とし」ます。その「落とし」が導く、狂言誘拐と置き去り死の真実をどうか確かめてください。

鮎川:『偽りの春』……犯人が追いつめられていく過程。狩野との攻防。じわじわと上っていって、ある地点から一気に落ちる、さらに回転あり、のジェットコースターのような読み味を目指しました。
『朝と夕の犯罪』……アサヒとユウヒの少年時代。客観的に見れば虐待なのですが、冒険のようなわくわくする感じも出したいと思って書きました。彼らの旅が18年後にどんな終わりを迎えるのか、楽しみに追いかけていただけるとうれしいです。

――この先のお仕事のご予定を教えてください。

萩野・鮎川:来年には連作短編集が出る予定です。長編の仕事もいくつか進行中なので、できるかぎり早く形にできれば。

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「落とし」が導く「真実」を確かめてください。――最新作『朝と夕の犯罪』& …

撮影:小嶋淑子 

KADOKAWA カドブン
2021年09月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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