女性の本質を描き続ける、いま注目の作家・森美樹による最新刊『神様たち』

エッセイ

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神様たち

『神様たち』

著者
森美樹 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914332
発売日
2021/10/20
価格
2,035円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

すべて許される 森美樹

[レビュアー] 森美樹(作家)

 神社で風が吹いたら、そこに神様がいるという。もう五年以上前だろうか、山頂の神社を参拝した折に、誰かが言っていた。

 幼少期には神社仏閣など興味がなく、家族総出の初詣すら面倒くさかった。人だかりで本殿へもお賽銭(さいせん)箱へも遮られる中、あてずっぽうに五円玉を放り、礼も尽くさず願い事だけはしっかりした。

 それがどうだろう。命の賞味期限をうっすら意識するようになってから、神様に寄り添いたくなった。五円玉を投げつけてこちらの希望を叶えろなど、乱暴もいいところだ。普段は勝手に生きているくせに、ちょっとつまずくと神様を頼る。命は永遠だと、生きることに無意識だった頃の自分を恥じた。

 今、私の参拝方法はひたすら「無」になることだ。両手を合わせている間は何も考えない。常日頃、膨大な情報に襲われているし、頭も心も雑音だらけである。神様と対峙している時にしか、「無」になれない。神様がどこにいるのか、はたしているのか、正直よくわからない。だって、見えないのだから。

 見たいのは、無我の境地の先にある欲だ。願い事などというさわやかなものではなく、甘さを煮詰めすぎたような、抗えない性(さが)のようなもの。神様がここにいるのだとして、隠し立てはしたくない。

 決して立派ではありませんが、これでも懸命に生きています。「無」から変な欲が漏れたかもしれませんがすいません、嘘偽りはないのです。これでもがんばって、生きています。

 参拝を終え、参道を歩きながら、心でつぶやく。

 すると風が吹くのだ。気のせいだとわかっている。だって、風も神様も、見えないのだから。

 でも私は一瞬、すべて許されたように思うのだ。

光文社 小説宝石
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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