『手鎖心中』
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寛政の改革を笑いお上のお咎めも辞さない戯作者魂
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「禁忌」です
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「手鎖」は江戸時代の戯作者に科せられた刑罰。絵草紙などの内容がお上の忌諱に触れると罰として筆が執れないように手鎖、つまり手錠をはめられた。
刑期は三十日、五十日、百日の三種類があった。
江戸後期の戯作者、山東京伝は寛政の改革でその洒落本がお上の咎を受け手鎖五十日の憂き目を見た。また京伝の本を出版した江戸の大物書肆、蔦屋重三郎は身代を半分没収された。
いまふうにいえば権力による言論弾圧である。色と笑いが権力に嫌われた。
井上ひさしの直木賞受賞作『手鎖心中』は、そんな窮屈な世にあってなお戯作者になるのが夢という御仁の滑稽で悲しい物語。
深川木場の材木問屋の若旦那は他人を笑わせ、他人に笑われ、それでいて奉られもしたい。そこで才能もないのに絵草紙を書いて江戸中を沸かせたいと考える。
まず形から入ろうと父親に勘当してもらう。若後家の入り婿になる。そのうえでカチカチ山をもじった絵草紙を書き上げる。
仲間たちはそれを読んで驚く。お伽話仕立てだが、誰が読んでも松平定信の寛政の改革を笑いのめしている。これではお上に咎められ手鎖の刑を受ける。
ところが若旦那は動じない。手鎖を受けることこそ望むところ。そうすれば戯作者としての名が上がる。
洒落というか、捨身の策というか、結果はいかに。
それにしてもお上はなぜ戯作者を目の敵にしたのか。庶民の笑い者になるのが許せなかったのだろう。