佐野元春が書評を執筆「新世代の書き手が綴った東京の光と影」

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東京ルポルタージュ

『東京ルポルタージュ』

著者
石戸 諭 [著]
出版社
毎日新聞出版
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784620327167
発売日
2021/11/27
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

新世代の書き手が綴った東京に生きる人々の光と影

[レビュアー] 佐野元春(ミュージシャン)

 コロナ禍とオリンピックに揺れた2020年と2021年、その奇妙な日々を東京に生きる人々を素描したルポルタージュだ。東京を多様な視点で活写した先行作品で言えば、開高健著『ずばり東京』(1964)がある。両著に共通する混沌は同質だ。

 石戸諭氏に初めて会ったのはあるオンライン・メディアでの取材だった。普段接する音楽系のジャーナリストとは少し視点が違った。新世代の書き手だな、おこがましくもそう感じた。その印象を決定づけたのは文芸誌『群像』での取材だった。取材者の独特な見解を踏まえてのインタビュー。反響は大きかった。記事を読んだ吉増剛造氏から連絡を頂き、この尊敬する詩人と思いもよらない邂逅を果たすきっかけにもなった。

 一読して気づいたのは著者の取材作法だ。取材対象に積極的に関わることによって対象をより深く描こうとするニュー・ジャーナリズム、例えばトム・ウルフや沢木耕太郎の作法だ。描写が細部にまでわたり、所々、文学的な領域に踏み込んでいる。本書のどの物語も人物の人生の余白を想像させる奥深さがある。良いルポルタージュの証だと思う。

 著者はコロナ禍に生きる人々に会いに行く。状況に翻弄される人、巻き込まれ、分断され、差別された人。怒りを感じ、声が届かないと感じ、無力だと感じている人。かつてはテレビや新聞がそうした人々の物語を伝えていたが、今はその気配がない。そこで著者は奔走する。努めて冷静な観察者として振るまう。一見異質な存在に対して客観的な態度を貫く。そして危うさを抱えたこの世界から何か示唆を得ることができるのではないかと自問する。同時にその謙虚さは読者に親密な共感を促す。本書に登場する人々は有名無名を問わず、まぎれもなく同じ時代を生きる隣人なのだと。

 本書には、友人たちと共有したい良い物語がある。小さな物語ではあるがひとりひとりの人生の光と影がある。諦めた夢があり、果たされることのなかった約束がある。その景色は有機的に紡ぎあわされ、パンデミックに生きた日々を象る。

 2021年の誕生日。私は日本武道館にいた。緊急事態宣言下の東京で40周年という節目のライブをおこなった。そのときのルポルタージュが本書に掲載されている。いずれパンデミックは終息するだろう。そのうち感謝をもって振りかえる日が来ると思う。40周年の武道館。あの夜、「2021年のSOMEDAY」を目撃してくれたある優れたジャーナリストがいたことを。

新潮社 週刊新潮
2022年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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