文學界新人賞は文芸誌好みのテーマを取り揃えてみせた逸品

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文學界新人賞は文芸誌好みのテーマを取り揃えてみせた逸品

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


『文學界 5月号』(文藝春秋)

 文學界新人賞受賞作の年森瑛「N/A」(文學界5月号)が話題だ。

 6名の選考委員(金原ひとみ・長嶋有・村田沙耶香・中村文則・青山七恵・東浩紀)が全員一致で推したという触れ込みは、出来の悪いキャッチコピーみたいだが、近年の同賞が低調で苦り切った選評が並ぶのが常態化していたことを踏まえると、本当にちょっとした文芸的事件なのだ。

 主人公は高校生のまどか。彼女は生理を止めるために拒食し、教育実習生としてやってきた同性愛者の美人と付き合っている。生理を止めるのは、女性性への抵抗や嫌悪ではなく、単純に「股から血が出るのが嫌」だからだ。同性愛者と付き合っているがLGBTQではない。まどかはただ自分でありたいだけなのに、一面からカテゴライズを押し付け、気遣いのふりで規格化した「正しい」言葉を垂れ流す他人や社会の想像力の欠如に苛立っているのだ。

 巧いのは、まどかの苛立ちが、現代社会の諸問題を映していること、言い換えれば、文芸誌に載るような小説がこぞって据えたがるテーマをショーケースのごとく取り揃えてみせたところだ。ラストのどんでん返しも含めて綿密に計算された、「不足も過剰もない。完璧な正解と言いたくなるほどバランスの取れた作品」(金原評)なのである。

 新人賞応募の心得として「傾向と対策」が言われたりするが、「N/A」は究極の模範解答のような作品であり、当事者の叫びといった衝動とは対極にある。

 そう考えて検めると、毎回載る受賞者近影がない。「瑛」というペンネームは無性的だ。作者を女性と想定して読みそうになるが、男の可能性もある。むしろ性別を攪乱する作者の設定まで含めた全体が作品なのだと主張しているようで、だとしたら、まったく新人離れしたしたたかさである。

 当事者的という意味では、新胡桃「何食わぬきみたちへ」(文藝夏季号)がいい。大人になり「世界を割り切ってしま」う前に世界に対して抱いていた怒りや苛立ちを、慎重に繊細に書き留めている。文藝賞優秀作を受賞した前作にはぜんぜん感心しなかったんだけど、いやあ、化けるものですな。

新潮社 週刊新潮
2022年5月19日夏端月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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