『ぱらのま 1』
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【漫画漫遊】『ぱらのま』kashmir著
[レビュアー] 本間英士
■ふらりと旅に出たくなる
お盆も過ぎ、久々に帰省や旅行をした人も多いだろう。本作は鉄道やバスでの一人旅をこよなく愛する女性が、気ままに日本各地を旅する情景を描いた漫画だ。読み終えた後、ここまでふらりと旅に出たくなる作品はそうそうない。普段暮らす街の魅力や、何気ない景色の美しさにも改めて気づかせてくれる。
主人公は東京在住で年齢不詳の「お姉さん」。とりあえず適当な電車に乗ってから目的地を決めるなど、基本的にその場のひらめきで小旅行をする。観光名所より、電車やバスに乗ること自体が楽しいタイプだ。ゆるい旅路のため乗り継ぎミスなど失敗も多いが、それはそれで旅の醍醐味(だいごみ)。「自分の足で歩いて迷ってこその旅」などの持論にも説得力を感じてしまう。
東京が舞台の話も多い。いい感じの坂と階段を求めて一日中さまよったり、頭に数字がつく駅を一(一之江(いちのえ)駅)から数字順に訪れたり…。無意味の極致ともいえる行動なのだが、乗り換えの手法に頭を絞り、最適解を見つけるまでの試行錯誤が読み応え十分。一人飯の愉悦を描いた「孤独のグルメ」の魅力に相通じる点がある。
旅先の「あるある」ネタやうんちくもびっしりと描かれている。ドンピシャのタイミングで1日数本のバスに乗れたときの高揚感。旅が終わって最寄り駅に着き、日常に戻ってきたことを実感したときの一抹の寂しさ。多くの人が旅先で味わうものの、日常生活に追われるうちに忘れてしまう感情を追体験できる。
その一方、色恋などの要素はほぼなく、主人公の名前すら出てこない。旅以外の情報は不要と言わんばかりで潔い。他の主要人物もわずか3人。博識な鉄道マニアの兄に、旅先で出会った〝旅下手〟の女性、路地好きの女子生徒…。いずれも関係性が絶妙で、ときどき行動を共にする程度の距離感もちょうど良い。
1話完結で読みやすく、肩肘張らず旅エッセーのように読めるのも特徴。個人的にも、新幹線などに乗る際に電子書籍で読み返している。コロナ禍の収束が見通せないこんなご時世だからこそ、コロナ以前を思い出すお気楽な旅路に心底うらやましさを覚える。
「夢の中みたい」な景色を見られるという岐阜・飛騨金山の路地めぐりをはじめ、本作に登場する場所は行きたいところばかり。ああ、旅に出たい…。既刊5巻。(白泉社・各913円)
本間英士