冴えないエピソードはもはや自己肯定!? 心の底から笑えるエッセイ

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書籍情報:openBD

冴えないエピソードはもはや自己肯定!? 心の底から笑えるエッセイ

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 奇想天外な設定とユーモアたっぷりの語り口で読者を魅了する万城目学『べらぼうくん』は、そんな彼のデビュー前の日々を綴ったエッセイ集だ。

 大手塾に通った浪人生時代、京都大学法学部に入学してからの学生生活、小説を書こうと思った瞬間、執筆時間が確保できる会社を探した就職活動、工場勤務経験、本腰を入れて作家を目指すため退職して東京に引っ越す際の作戦……。

 はじめて書いた小説を友人らに読ませたところ全員に「気持ち悪い」と言われるなど、冴えないエピソード満載だが、それを笑いへと変換させる口調や、随所にみられる観察眼の鋭さ、記憶力の良さに感心してしまう。「べらぼう」に生きながらも、ここぞという時に人生の選択力を発揮する姿は、著者が書く登場人物たちにも通じるものがある。

 笑える青春エッセイ集といえば、朝井リョウ『時をかけるゆとり』(文春文庫)も。『風と共にゆとりぬ』(文春文庫)、『そして誰もゆとらなくなった』(文藝春秋)と続くエッセイ三部作の第一弾で、いわゆる「ゆとり」世代の著者の学生時代が主に語られる。プレッシャーを感じるとすぐにお腹を壊す体質のこと、カットモデルを務めた経験、東京から京都まで六日間かけて自転車で走ったこと……。親近感のわくエピソード満載で、こちらも万城目氏のエッセイ同様、観察眼の鋭さを発揮して、心の底から笑わせてくれる。

 笑えるエッセイなら北大路公子もお薦めだ。『生きていてもいいかしら日記』(PHP文芸文庫)では、四十代、独身、北海道で両親と暮らし、昼酒をこよなく愛する著者の日々が綴られる。書店で男女の会話を小耳にはさんで繰り広げる妄想、父のゴミ分別の謎ルールの解明、大きな声で喋り倒す友人のこと、野球観戦の一日……。必ずしも劇的でない日常をどうしてここまで面白おかしく書けるのか。

 どのエッセイも、冴えない様子を描きながらも単なる自虐に陥っていないのが魅力で、むしろ自己肯定すら感じさせる。だから、読めばこちらも気が楽になってくる。

新潮社 週刊新潮
2022年9月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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