辺境世界を言語から解読した道の語学習得探検記

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語学の天才まで1億光年

『語学の天才まで1億光年』

著者
高野, 秀行, 1966-
出版社
集英社 (発売)
ISBN
9784797674149
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

辺境世界を言語から解読した道の語学習得探検記

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 著者の高野さんは探検部の十年先輩だ。私が学生の頃は奇抜な探検をくりかえす伝説のOBで、武器は天才的な語学力だと聞いていた。ところが本書によればその語学力は天才まで一億光年もの距離があるという。あの伝説は嘘だったのか!

 騙されていたのか……との思いで読みはじめたが、相変わらずの高野エンタメ節が炸裂し、ぐいぐい引きこまれた。すぐに天才かどうかはどうでもよくなった。

 あらかじめ言っておくが、この本を読んでもあなたの語学力向上には何も寄与しない。本書は若い頃の高野さんが、アフリカの怪獣探し、アジアの阿片王国潜入といった破天荒な探検行を実現するために、いかに語学に力をいれたか、その青春記である。そしてそれら辺境世界を言語という観点から組み立て直した、もうひとつの探検記だ。何しろ高野さんが探検を目指す地域なのだから言語も未知で、それを習得すること自体が試行錯誤で探検的である。

 もちろん若い頃の追憶だけではない。熟練の取材者となった今の高野さんが鋭い考察力で当時の言語探究をふりかえることで、人間の思考やふるまいが、つまり文化そのものがいかに言語で異なるか、それが憎たらしいほど軽やかに語られる。なるほど世界は言語でできているのか! 国家や歴史の背景に隠れた、一見よくわからない言語の影。それが、一人の若者の行動をつうじて浮き彫りとなるのだから、おそるべし。

 それにしても高野さんは勉強家だ。そしてじつに頭がいい人だと、何度も思った。ちょっと間抜けに見える行動の裏には確かな戦略があり、迂遠に見えつつ、一番の近道を直進している。その武器は確かに語学だ。言葉で人間の懐に潜りこみ、細い糸をたどって必ず目的地に到達する。出会いはすべて偶然に見えつつ、実は語学がもたらした必然である。天才かどうかはさておき、あの伝説が嘘ではなかったことはよくわかった。

新潮社 週刊新潮
2022年10月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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