あなたの知らない民話の世界へ――刊行記念座談会『ひどい民話を語る会』京極夏彦×多田克己×村上健司×黒 史郎【お化け友の会通信 from 怪と幽】

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ひどい民話を語る会

『ひどい民話を語る会』

著者
京極 夏彦 [著]/多田 克己 [著]/村上 健司 [著]/黒 史郎 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041123270
発売日
2022/10/28
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あなたの知らない民話の世界へ――刊行記念座談会『ひどい民話を語る会』京極夏彦×多田克己×村上健司×黒 史郎【お化け友の会通信 from 怪と幽】

[文] カドブン

構成・文=村上健司 写真=内海裕之 イラスト=竹松勇二

日本全国で採集された民話集の中には、ときたま荒唐無稽な話が潜んでいる。本書は、そんな学問的にも芸術的にも見向きされない「ひどい民話」にスポットを当てた新機軸の一冊といえる。妖怪を愛する面々が心惹かれる「ひどい民話」の魅力とは?

■妖怪から民話、民話からひどい民話へ

村上:トークイベント「ひどい民話を語る会」をまとめた本が出たわけですけど、そもそもこのメンバーは妖怪好きの集まりです。それがなぜひどい民話に注目するようになったのか、改めて疑問に思ったんですよ。自分の場合、10代のころに民話集でお化けの話を探すうち、「屁っぴり嫁」とか「愚か婿」とか有名なものに混ざって、屁とか糞とか擬音ばかりのタイトルとか、目次を見ていると妙に引っかかるものがあった。

黒:別のアンテナに引っかかるものが(笑)。

村上:そう。別のアンテナに引っかかった民話は、大体下品でバカで笑える話だったので、それはそれで楽しんでいたんです。黒さんも同じ?

黒:僕は妖怪とシモ系の言葉を集めた事典をネット上で作っていて、最初は西洋の妖怪を集めるのに世界の神話や民話の本を読んで、そのついでに日本の民話も読みはじめたんです。そこから日本の民話は妖怪以外にシモ系の宝庫だと気づいて、民話のひどい部分にも興味を持った感じですね。

京極:二人ともそうなのか。僕の場合、物心つかない頃から泥沼にはまってたからなあ。目次を見たときに「おっ」となるのは同じアンテナでしたよ。お化け民話とひどい民話に区別はなかったですね。ただ、お化けであれひどい話であれ、要は振りきっているかどうかなんですよね。並だと思っていたものがひどい話だったりすると、もの凄く嬉しい(笑)。例えば「桃太郎」と目次にあって、「なんだ桃太郎か」と思いながら読み進めて、それが鬼を退治しない話だったりするととっても嬉しいわけ。

多田:小学生で読んだのは、児童書の民話集とか?

京極:児童書も読んだけど、子供向けに書かれたものはあまり自分には合わなかった。そういう本に出ている民話って、ある意味「並」にならされてるんですよ。

村上:多田さんはどうですか。

多田:子供向けではない民話集にちゃんと目を通しはじめたのは、旅先で民話集を買うようになってからだね。改めてひどい民話というくくりで民話を見たのは、「ひどい民話を語る会」のイベントからかも。

■ひどい民話と赤塚マンガの関係とは?

京極:お化けとひどい民話の繋がりでいうと、僕らの世代で妖怪が好きだという人は、水木しげるを無視する訳にはいかないですね。必ず通過する。一方で、マンガ界には赤塚不二夫という先生がいましてね。僕の場合は水木と赤塚という二本柱は欠かせないの。実はですね、赤塚マンガで表現されてる〝バカ〞は、一般の子供向けの本では見かけないものなんですよね。ひどいじゃないですか赤塚作品のギャグって。ひどい民話のバカさ加減って、そういう赤塚マンガのギャグに近い気がします。

黒:確かに、凄く納得できる!

村上:教育上絶対によろしくないギャグですね(笑)。

京極:この本に載っているような話は、普通なら大人が真顔でしゃべらない話ですよ。ウンコがどうのオナラがどうのと。この本の第一部に収録されている、村上君が語った犬が裏返った話(「逆さ犬」)なんか、とことん意味のないバカな話でしょ(笑)。

村上:向こうから犬が吠えてきたから、口の中に手を突っ込んで黙らせて、手を引き抜いたらそのまま犬もクルンッて内側からめくれて、真っ赤になったまま今度は向こうに吠えていったって、そんだけの話。

京極:それってもう赤塚マンガの世界じゃないですか(笑)。だから、僕がお化けとひどい民話に引っかかるのは、水木・赤塚を好んだのと根っこが同じなのかなと今になって思う。水木マンガも赤塚マンガも、拒否反応を示す人は一定数いたんですよ。特に赤塚ギャグ。

村上:実をいうと僕は赤塚ギャグが若干ダメなんですよね。子供のころに本を何冊も買って読んではいましたけど、読むと薄ら寒い感じになる。

黒:微妙に怖いですよね。

京極:『天才バカボン』でもギリギリでしょ? 僕も幼少時は引いちゃうものもありました。慣れましたが。赤塚マンガのギャグって先鋭化すると人の心がなくなるんです(笑)。ひどい民話も同じようなものですよね? ただ、民話の場合は、語り手の爺さん婆さんの温もりがある。どんなにひどい話でも、最後はぎゅっと抱きしめて、加齢臭で包んでくれる(笑)。

黒:温もりはあるかもですけど……(笑)。

京極:だから民話は基本的にみんな面白いんですよ(笑)。

多田:面白いから今の時代まで残っているんだろうね。

■自分的ひどい民話のハイライト!

村上:ひどい民話といってもイメージが湧き難いと思うので、ここからは自分が語ったひどい民話で、最もひどいと思える話をあげてみませんか。

黒:僕があげるとすると、きな粉の話(「豆粉の置き場所」)ですかね。

村上:オナラできな粉が飛んで、爺と婆のお尻にくっついちゃう話ね。

黒:オナラときな粉の話って、民話に結構あるじゃないですか。そういう話でのきな粉は、オナラを視覚化したものだと思うんです。黄色いし。しかもそれ、お尻のきな粉をお互い嘗め合ったりしていますよね。オナラまではいいんですけど、それ以上はちょっと…… と(笑)。

村上:その流れでいうと、僕もやっぱりきな粉系の話(「篩借り」)かな。きな粉を作ったけど爺の尻の下に置いたもんだから、オナラが飛んで向かいの山の笹の葉にペタペタペタってくっついて、それを子供とか全裸の爺さんがうわーって走って行ってペロペロペロって嘗める。そのとき鋭利な笹の葉でね、全裸爺さんの大事なタマが(笑)。

京極:切れて取れちゃっただけなら「そうですか」って話だけど、それを拾って孵すわけでしょ(笑)。多分、話を聞いている子供も〝きな粉慣れ〞していたんだろうから、語り手がパワフルな新要素を付け足したんじゃないかという疑惑が。

村上:「卵だーっ!」とかいって子供たちが拾ってね。そんな爺さんのタマを鶏に温めさせるとヒヨコが生まれる。すごい付け足し要素(笑)。続けて多田さんのハイライトはなんですか? 

多田:「鳥呑み爺」系。だけどいろいろ本を読み過ぎてごっちゃになってる(笑)。

村上:イベントでは2回とも「鳥呑み爺」系の話をして、どっちもタイトルと内容がごっちゃになっていたわけね。もうその時点でリアルひどい話だよな。まあ書籍化するときに正して第二部の方に収録したけど(「シュシューガラガラ、シュシュンポン」)。

京極:僕はキミたちのジャンルをあえて侵さないで選びます。なら、「みとこうもん」ですかね。出てきた段階で人を二人も殺しているし、前(さき)の副将軍も水戸という土地もまったく関係ない。〝こうもん〞って平仮名で書いてあるから、本の目次で見ただけじゃ話がちっとも分からない。お尻の方の話かなと思って読むと、「みとこうもんという悪党がいた」って、「なんだとー!」って思うじゃない(笑)。 この話を読んで、ショックを受けたとまではいかないですけど、「こんなにいけるんだ、民話!」と思いましたね。

村上:可能性をね(笑)。

京極:今は著作権とかコンプライアンスとかポリティカル・コレクトネスとかいろいろとあるから、迂闊に語れないじゃないですか。それが水戸黄門でそんな話を作ってもOKなわけでしょう。そういう意味で民話の限りない可能性を感じましたね(笑)。結局民話って、芸術や民俗学的資料として掬い上げられてきたもんですよ。そうじゃない部分は「別にいいか」と思われてきたんだろうけど、この本で取り上げたような話の方が多いんでしょうし。

黒:ひどい民話って、語っている人の顔が見えてきますよね。思惑とかが想像できる。子供たちの顔を見ながら「途中で端折っちゃおうかな」とか、「アレンジ加えようかな」とかいうのも、語っているお婆ちゃんの思惑ですもんね。

京極:民話の本って、採集者が聞いた通りに文章に起こす再話形式のスタイルが基本だったりするんだけど、この本はそういうものとは違う。この本では僕たちが語り部の爺・婆なんですよ。これはこれでいいと思うんですね。芸術的・民俗学的な価値はゼロですけど。

村上:ゼロってことはないと思いますよ(笑)。

あなたの知らない民話の世界へ――刊行記念座談会『ひどい民話を語る会』京極夏...
あなたの知らない民話の世界へ――刊行記念座談会『ひどい民話を語る会』京極夏…

※「ダ・ヴィンチ」2023年1月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

■プロフィール

くろ・しろう● 1974年、神奈川県生まれ。作家。2007年「夜は一緒に散歩しよ」で「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞しデビュー。著書に『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』『ボギー 怪異考察士の憶測』『川崎怪談』など多数。

きょうごく・なつひこ● 1963年、北海道生まれ。小説家。94年『姑獲鳥の夏』でデビュー。2004年『後巷説百物語』で直木賞、11年『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞、22年『遠巷説百物語』で吉川英治文学賞など受賞多数。

ただ・かつみ● 1961年、東京都生まれ。妖怪研究家。編著書に『絵本百物語 桃山人夜話』『暁斎妖怪百景』『妖怪図巻』、著書に『百鬼解読』がある。カルチャーセンター等にて妖怪学に関する講座の講師を務めている。

むらかみ・けんじ● 1968年、東京都生まれ。ライター。妖怪伝承地を巡る趣味が高じて文筆家となる。編著書に『妖怪事典』『日本妖怪大事典』『日本妖怪散歩』『手わざの記憶』『怪しくゆかいな妖怪穴』『がっかり妖怪大図鑑』など。

KADOKAWA カドブン
2022年12月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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