作家・新井素子の素顔に迫る「駅の階段でつんのめって、一回転したことも」

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南海ちゃんの新しいお仕事 階段落ち人生

『南海ちゃんの新しいお仕事 階段落ち人生』

著者
新井 素子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414326
発売日
2022/12/15
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

新井素子の世界

[文] 角川春樹事務所


新井素子

「頻繁に転んでしまう」という欠点を持つ主人公・南海。そんな彼女が自分の持つ能力と、仕事や恋愛、そして自分のアイデンティティーを獲得するまでを描く新作小説『南海ちゃんの新しいお仕事 階段落ち人生』が刊行。長く活躍する新井素子さんから、どのようにしてこの小説が生まれたのかを中心に、その素顔に迫った。

 ***

◆新井素子さんの小説執筆スタイルとは

――一九七七年に『奇想天外』の新人賞受賞以来SFはもとより、一般小説を書く上で変わった部分などはありますか?

新井 小説書くのが怖くなくなったかな。

――以前は怖かったんですか?

新井 怖かったというのは語弊があるかもしれないけど、書き出す時はいつも「この小説は果たして終わるのだろうか」とか、「途中で書けなくなったらどうしよう」と不安だし、いざ書き始めても「この話は本当に終わる気があるんだろうか」って思う。それがなくなったというわけではないけど、でも今は、分からないながらも、いつか終わるって信じてる。

――シノプシスは?

新井 ない。主人公との対話からはじめるので、登場人物がどういう人なのかは分かっているし、基本的な設定もあるけれど、展開はまったく分かってません。昔は怖くて連載なんてとても引き受けられませんでした。「星へ行く船」のときなんて、三〇枚の六回連載って言われて、まず最後まで書いた上で一回分ずつ渡してました。それが『チグリスとユーフラテス』の最後の章を書いていたあたりで、「私は小説が書ける」って思うようになったんです。お話の神様を信じるようになったんですね(笑)。

――展開も結末も出たとこ勝負ですか?

新井 この前の『絶対猫から動かない』は、登場人物が何考えてるかはすごくよく分かっていたんだけど、こいつらが最終的に何をするかが全く分かんなくて。連載三〇回目ぐらいでも、まだ分かってなかった。

――うわあ。

新井 怖いでしょ?

――怖いです。

新井 最近それが怖くなくなったの。それでも終わるって自信を持って言えるようになった。自分で書いていても、自分の小説に驚くことがあるんですけどね。

――なにに?

新井 『南海ちゃんの新しいお仕事』でいえば、南海ちゃんの超能力や板橋さんの能力との兼ね合いは考えてあったり、板橋さんが危ないことを考えて、いろいろ実験する辺りは予想していたんです。でも山下さんがあんな形で再登場してきたのには驚きました。

――作者も予想しなかった驚きの展開!

新井 うん、だから書いていて楽しいんです。小説を読んでいるとき、良い意味で裏切られる快感ってあるじゃないですか。「こうくるか!」っていう。私は自分の小説でもそれを味わえる。でも今は短編はちゃんと最後まで考えて書くんですよ。

――「今は」ってことは、以前は短編も決めずに書いていたんですか?

新井 何の話かも分からないまま、とりあえず三枚ぐらい書いてみるというのは結構やってました。何も思い浮かばない時は、とりあえず手が動くなりに書いて、その後、さてここに書いてあるシーンは何なんだろうと考えて、後は頭で作るんです。でも長編はもっと訳が分かんなくても行けるんですよ。

――本書は山口雅也さん編纂のアンソロジー『奇想天外 21世紀版』に掲載された短編がベースになっています。その段階で長編になるやも的な予感はあったんですか?

新井 まったく考えてませんでした。『奇想天外』の復活と聞いて、それは絶対に書かねばと思って、手をあげたんです。もちろん五〇枚程度の短編です。そこで五〇〇枚書いたら殴られるから(笑)。ただ書き終わったところで、山口さんにも言われたんですが、これは続編があるなって思いました。

◆あなたのおかげで世界の平和が守られているので、階段から落ちることを誇りに思って欲しい、という小説です。

――アイデアの元となっているのは、ご自身の階段落ち体質だとのことですが。

新井 階段から落ちる部分はほぼ実話です。

――私も落ちるんで、他人事じゃなくて。

新井 人間は階段から落ちますよね!

――駅の階段でつんのめって、一回転したこともあります。大騒ぎになったので、なんでもないふりして逃げたんですが、翌日は痣だらけでした。

新井 わかる。わたしは膝とか、お尻とかの痣が消えたことがないです。経験を重ねて落ちるのが上手くなっているから、大怪我はないんですけどね。コロナ前は自宅で囲碁の会とかやってて、その囲碁友達と歩いている時にも、スパーンって転んで。抵抗せずにお尻から行く姿をみて、「転ぶの上手いって聞いてたけど、本当に上手いんですね」って言われました。囲碁強いですねとかで尊敬されるならともかく、転び方を褒められるのはどうよと(笑)。うちの夫なんて、転ぶと「こんなに言ってるのに、どうして転ぶんだよ」って怒るんですけど、転ぼうと思って転んだことなどない!

――どうして自分はいつも階段から落ちてしまうのか、何もないところで転んでしまうのか。そんな悩みをお持ちの方は、ぜひ、本作をお読みいただきたい。

新井 はい。本人は気がついていないけど、実はあなたは世界の歪みを感知できる超能力者で、階段から落ちるたびに、世界をどんどん修復して回っているのかもしれない。あなたのおかげで世界の平和が守られているので、階段から落ちることを誇りに思って欲しい、という小説です。是非世の中の転びがちな方々……これ、読者が今半減というか、一〇分の一ぐらいになってない?

――主人公の南海は冒頭では就活中で、ひょんなことから一流企業に入社し、板橋常務の下でかなり特殊な仕事をはじめます。長編では《星へ行く船》シリーズ以来のお仕事小説ですが。

新井 自分が就職してないから、わたしはお仕事ものとかないんですよ。でも南海も就職はしたけど、これって普通のお仕事と言ってよいのか。

――傍から見ると、毎日、認知症を患う上司の散歩のお供ですからねえ。

新井 南海ちゃんはぴちぴちでいいですね。私も昔はそうだったと思うんだけど、砂利道でこけてズザザってやっても、三日位で治ってんだよね。今は一週間経っても跡が残る。うらやましいなあ、二〇代。

――そこに戻りますか。南海は若いから治ってるだけじゃないですけどね……。その若い南海と年上の男性とのラブストーリーという意味でも、《星へ行く船》を彷彿とさせると思いました。

新井 《星へ行く船》って言われるとは思ってなかったな。確かに年上を書くのは好きですね。『絶対猫から動かない』でも村雨さんを書くのが一番楽しかった。

――村雨さんは囲碁が趣味という隠居老人ですが、実はまだ六一歳なんですね。

新井 そうなんですよ。自分が歳をとると、登場人物がみんな年下になり、見方が変わるんですね。その変化を楽しむのは、実作者の特権だと思ってます。《星へ行く船》の太一郎さんも、書き始めたときは謎めいた年上の男性だったんです。六歳くらい上と思っていたのに、『逆恨みのネメシス』あたりで逆転し、最後には水沢さんすら子供に見えて困りました(笑)。板橋さんもまだ若造です。

――南海と板橋は自分たちの超能力で何が出来るか、どこまで許されるのかを議論します。コミカルな展開から、いきなり根源的な問題へと切り込んでいく、ディスカッション小説の名手である新井さんの面目躍如というべき展開ですね。

新井 これ書いてる時、竹本健治さんがよくうちに囲碁をしにいらしていて、しみじみと「新井さんってすっごい理屈っぽい」って言われましたね。確かに私の書く登場人物はみんなぐちゃぐちゃにしゃべるし、悩むし、なんでも言葉にしますよね。ただ南海の言っていることは、あくまでも南海の主張で、それが正解だとか真理だとかいうわけではない。

――きれいに終わってはいるんですが、そういう意味でもまだ続編の余地がある?

新井 うん、何も考えてないですが(笑)。板橋さんは心のどこかに仄暗い部分を抱えてそうだし、南海の能力にも、静岡の実家の靄も、まだ何かありそうだとは思ってます。もしこの続きとか書かせていただけることになったら、そこに踏み込んでみたい。また半年ぐらい南海としゃべり、「あんた何したいんだ」って聞くところから始めないといけませんが。

構成:三村美衣 写真:島袋智子 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2023年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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