『白河夜船』
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目覚めない女と眠ってばかりの女 文体が美しい
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「眠り」です
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1989年に刊行された吉本ばななの小説集『白河夜船』。表題作の主人公は、昼間から眠ってばかりいる寺子という若い女性だ。
寺子はぐっすり眠り込んでいても、恋人の岩永からの電話だけはわかる。ベルの音が、ほかの人からのものとははっきりと違って聞こえるのだ。
岩永には交通事故で植物状態になった妻がいる。彼は再び目覚める見込みのない妻と離婚するつもりはなく、寺子と彼の〈なんの波風も立たず〉〈ずっと静かにストップして〉いる関係は一年半も続いている。
寺子の眠りは死んだように深く〈もしかしたら寝ている自分を外から見ると真っ白な骨なのではないかと思う時がある〉というほどだ。
目覚めないまま生き続ける妻(岩永はすでに彼女を死んだ者と見なしている)と、死者のように眠る寺子。そしてこの小説にはもう一人、「死」と「眠り」にかかわる女性が登場する。客と添い寝をするアルバイトをしていた寺子の友人だ。夜中に客が目覚めたときに安心するよう、横に寝ているだけなのだが、その仕事の虜(とりこ)になった彼女は、睡眠薬を飲んで自死してしまう。
物語は死の気配をたたえてゆっくりと進む。たゆたう水のような文体は美しいと同時に怖ろしく、いつのまにか引き込まれる。
これを書いたときの吉本ばななは24歳。デビュー作から数えて5冊目の本である。その才能、文章によって一つの世界を作り上げる力に、改めて感嘆させられる。