声を出さないニャーオ
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「ペット」です
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いかにして居心地のいい家に入り込み、人間をとりこにして安楽に暮らすか―。『猫語の教科書』は、その方法を、世慣れしていない若い猫たちのために先輩猫が書いた本だ。
猫の手になる文章(猫がタイプを打つ写真も載っている)を解読し、人間に分かるよう翻訳したのはポール・ギャリコ(日本語訳/灰島かり)。映画化された『ポセイドン・アドベンチャー』などで知られる作家だ。
ギャリコはまえがきで、これを書いた猫は本書によって〈やがてくるであろう猫族による人間征服を一歩押し進めた〉と書いている。
第1章は「人間の家をのっとる方法」。本書の著者である野良猫が、洒落た一軒家で暮らすリッチなカップルを夢中にさせて居場所を確保するまでが語られる。その後の章では、獣医のかかり方、おいしいものを食べる方法、魅惑の表情の作り方など、ペットとして生きることを選んだ猫にとって必須のノウハウが詳細に伝授される。
私が思わず「わかる!」と心の中で叫んだのは、「じょうずな話し方」の章にある〈声を出さないニャーオ〉の威力だ。欲しい物がある時、相手を見つめて声を出さずに鳴くことを本書は勧める。その効果は劇的で〈男も女も心を揺さぶられて、まずどんなことでもしてくれます〉というのだ。
猫と暮らしたことのある人なら、あの可愛さがわかるはずだ。人間は猫を躾けているのではなく、猫に躾けられていることに気づかされる、愛すべき名著。