事実はひとつ。でも事情は四つ。仕掛け満載のワンナイト・パズラー!

エッセイ

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クワトロ・フォルマッジ

『クワトロ・フォルマッジ』

著者
青柳碧人 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334915131
発売日
2023/02/22
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

意のボナペティート

[レビュアー] 青柳碧人(小説家)

 いきなりクイズ。

 ピッツェリアのメニューでよく見かける「クワトロ・フォルマッジ」はイタリア語で「四つのチーズ」という意味ですが、その四つのチーズとは何でしょう?

 正解は―「決まっていない」である。

 今、僕の手元にあるレシピには、パルミジャーノ・レッジャーノ、モッツァレッラ、タレッジョ、ゴルゴンゾーラの四つと書かれているが、これはあくまで一例で、ピッツェリア巡りをしてメニューを比べてみれば、リコッタが入っていたりカマンベールが入っていたりと様々なことがわかる。百のピッツェリアがあれば百のクワトロ・フォルマッジがある。

 この度刊行する『クワトロ・フォルマッジ』の舞台は小さなピッツェリア。四人の登場人物のうち三人は秘密を抱え、一人はかわいそうなくらいに何も知らない。それぞれの個性はさながら四つのチーズといったところだ。

 じつは本作の前半では、少し実験的な手法を取り入れている。一人目の視点で殺人事件が起こるまでを描いたあと、二人目の視点で同じシーンをもう一度繰り返し、さらに三人目、四人目と続く。同じものを見ていても、それぞれの立場でまったく違う感じ方をしていたということがわかる仕組みだ。

 話自体は前に進まないため、まどろっこしく感じるかもしれない。しかし後半は四人の思惑が交錯しあって目の離せない展開となり、予想もつかない結末へと向かっていく。いわば前半は「個々のチーズを味わう過程」、後半は「四つのチーズが溶け合うのを愉(たの)しむ過程」というわけだ。

 本作のクワトロ・フォルマッジは『チーズ事典』を吟味した結果、手元のレシピの中からタレッジョを外し、ペコリーノ・ロマーノを入れて完成させた。僕のチョイスが正しかったかどうか、その判断はお客様の舌にお任せしたい。ボナペティート。

光文社 小説宝石
2023年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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